二足の草鞋の功罪                             法学部専任講師・弁護士 松嶋隆弘
 日本大学法学部坂田ゼミナール(私の師匠坂田桂三先生のゼミ)の機関誌「坂」に寄稿を求められて書いたエッセイの一部です。


一. はじめに


 私は、司法修習終了後直ちに法学部専任講師として、本学に奉職したが、そのときは弁護士登録をしなかった。しかし、坂田先生や周囲の人々に勧められて、一昨年に弁護士登録をすることにした。さて、とにもかくにも二束の草鞋を履く事になったわけである。「二兎を追うものは一兎も得ず」の喩えにみるごとく、兼業についての批判はあろう。しかし、両面から見て初めて気づくこともあるのではなかろうか。 そこで、私の専門である商法について、実務を経験して私が気づいたことを思いつくままにあげて、坂田ゼミ生の皆さんの参考に供したいと思う。


二. 学説は実務の役に立っているか


 実務を経験してまず、気が付いたことは、大学で教えていること(学生が勉強していること)と、実務とでは、かなりの隔たりがあるということである。

 たとえば、手形法においては、転転流通する手形法においては取引の安全を重視すべきという理由で、手形理論において創造説が主張されたり、また、民法の意思表示の瑕疵・欠訣の規定の適用が修正されたりする。しかし、そもそも実務において大多数の手形は流通しないのである。流通する手形はむしろ「ヤバイ手形」なのでる。実務(実用法学)の観点から見ると、いったい手形法学というのはなんの役に立っているのであろうかと疑問に思わざるを得ない。

 また、講義では、法人格否認の法理について詳細に説明するが、実務では、立証が困難であるので、なかなかほいほいとは使えない。学者は、実務を知らないので、裁判での証明の問題について考えないのであろう。

 もう一つあげると、商法四九八条は過料の制裁についてかなり詳細に規定しているが、そのほとんどは死文であり、実際に適用されることはない。なぜならば、過料の手続は職権探知主義だが、実際問題、裁判所にかかる過料違反の事実を探知する能力はないからである。このような運用の実態を知らずして、解釈を展開してもそれは「画餅」に帰するだろう。

 もっとも、これは、特に商法の分野に限ったことではない。たとえば、民事訴訟法などはその典型であろうし、また、刑法総論も実務で使うのはせいぜい罪数と因果関係論くらいであろう。そもそも「実務に錯誤論なし」というくらいなのだから。民法でも、たとえば、不動産に担保をつける場合、抵当権でなく不動産譲渡担保の活用を説く学者がいる。しかし、譲渡担保には高額な登録免許税がかかることを知った上で議論しているのだろうか。きわめて疑問である。

 実務家の間からは、とかく学者は象牙の塔にこもり、その中で実務家に役立たない理屈をこねて、それをアカデミックだと勘違いしているとの批判がなされる。私はこの批判はある程度当っていると思う。アメリカやイタリアは、学者は弁護士でもあると聞く。法律学は、実際の紛争を解決するための学問だから、実務を知らずして、理論を語ることは不可能だと思う。このような問題意識を持ちえたのは、弁護士をしていればこそである。登録を強く勧めてくださった坂田先生には感謝の言葉もない。


三. 実務は法律に従って運用されているか


 それでは、学問としての法律学は、全く役に立たないのか。私はそう思わない。往々にして、実務は安易な運用や法の理念の無視に流れがちである。それに対して適切に警鐘を鳴らすことは法律学(学者)の大事な役割である。

 特に会社法は、実務が法を無視することの多い分野である。講義では、組織法である会社法の規定は原則として強行規定であると聞いたが、弁護士をやってみて、それら強行規定がほとんど守られていないことに驚いた。むしろ実務では、会社法の規定は事実上「任意規定」であると言わざるを得ない。

 たとえば、三井鉱山事件などは、そういう観点から見ると、税務処理のことだけしか頭になく、自己株式取得規制を失念していて後で大慌てとなった事件とも理解できる。私の経験した限りでも、株主総会を持ち回りで開こうとしたり、監査役であるにもかかわらず全く監査報告書を作らなかったりした例、後発事象として営業報告書に記載しなければならない事項を記載せずに済ませようとしたりした例がある。

 このような実務の運用に対し、学説は、厳しく理論的に批判しなければならない。そうでなければ、学者の存在意義はないだろう。

 ただ、そのためにも、学者は実務を知らなければならない。実態を知らずして当を得た批判はできないからである。そのためにも私は、弁護士をやってよかったと思う。


四. 最後に 


 思いつくままに二足の草鞋の感想を記してみた。もちろん、フルタイムの仕事を二つ持つのだからストレスも二倍であるし、帰宅が深夜になることもままある。肉体的には大変ハードである。

 しかし、全体的に見れば、自分が学者であるためにも、弁護士をやって正解だったと言わざるを得ない。ことに商法は実務そのものである。実務を知らずして理論は語れないと思う。

 以上、学生に対する文章としては、少し難しかったのではないだろうか。商法は確かに難しい。

 でも皆さんは、坂田ゼミに入室した以上、商法を専攻として選んだわけである。生半可な気持ちでは法律学を習得できないことを理解してほしい。私も大学で自分のゼミを持っており、その指導に時間を割かれるため、皆さんと接することができない。そこで、今回はあえて商法について、私の日ごろ考えていることを皆さんに向けて書くことにした。

 坂田ゼミの皆さんが、一人でも多く、実務の世界に入り、われわれの同僚の法曹として働くようになることを期待する。


以上