商法上の差止仮処分の実効性についての覚書

一.はじめに

1.
 ただいまご紹介に預かりました松嶋です。このような発表の機会を与えられて大変感謝しております。
 それでは早速発表「商法上の差止仮処分の実効性についての覚書」に移りたいと思います。
 ここで検討の対象とします差止請求権とは、商法二七二条にいう取締役の違法行為差止請求権、商法二八〇条ノ一〇の新株発行差止請求権のことです。 違法行為差止請求権としては、その他にも有限会社法三一条ノ二がありますし、また、特例法上の小会社については、商法特例法二五条により適用が除外されていますが、それ以外の会社については、商法二七五条ノ二により監査役にも違法行為差止請求権が認められております。ただ、ここでは説明の便宜上、商法二七二条にいう取締役の違法行為差止請求権と商法二八〇条ノ一〇の新株発行差止請求権に限定して話を進めたいと思います。
 これらの差止請求権の行使については、必ずしも訴えによる必要はなく、違法行為をしようとする取締役、新株発行をしようとする会社に対して、その行為を止めるべきことを裁判外で請求することもできるとされていますが、取締役・会社がそれに応じない場合もあるので、株主は、その取締役を被告として会社のために(取締役の違法行為差止請求権の場合)、又は会社に対して(新株発行差止請求権の場合)、差止の訴えを提起することになります。
 しかし実際には、右本案訴訟の結果を待っていては、その判決がなされるまでの間に当該違法行為・新株発行がなされてしまい、その目的を達成することは到底できませんので、その実効性を期するには、仮処分制度を利用するしかありません。実務上は、本案訴訟提起前にまず取締役の違法行為差止請求権、新株発行差止請求権を被保全権利として、当該具体的な個々の違法行為の差止(不作為命令)の仮処分を求めるが通常とされております。
 この仮処分の性質は、被保全権利である差止請求権を暫定的に実現するというものであり、民事保全法二三条二項にいう仮の地位を定める仮処分であり、かつ、仮処分申請の趣旨が本案判決の内容と同じである、いわゆる満足的仮処分であるとされております。

2.
 そして、これらの差止仮処分の実効性については、仮処分違反に対し制裁を課する規定がないため、以前から疑問が提起されておりましたところ、昭和六一年五月に公表された商法・有限会社法改正試案は、「九その他」において「2 商法の規定に基づく裁判所の差止めの裁判(例えば、取締役の法律定款違反行為の差止め・新株発行の差止め等)の不遵守につき、過料を科する。」として、裁判所の命令の違反に対する制裁について、定めております。
 本稿は、株主権の強化という観点から、右試案九.2の立法の可否について検討するものですが、まず右試案の検討に先立ちまして、現行法の解釈論上、どの程度、これらの仮処分の実効性があるかを検証します。
 仮処分に解釈上実効性を持たせるための方法のうち、ここでは仮処分違反の行為の効力を否定する方法と、当該仮処分を執行する方法について検討したいと思います。すなわち、新株発行差止、取締役の違法行為差止の各仮処分違反の行為の効力についてみた上で、その仮処分の執行について考察します。
 その上で、先ほどの試案について導入すべきなのか、導入すべきならばどのような形で導入すべきかについて論及することにしたいと思います。

二.昭和六一年改正試案九.2にいたる経緯

1.
 つぎに、昭和六一年改正試案九.2にいたる経緯につき説明します。
取締役の違法行為差止請求権・新株発行差止請求権は、昭和二五年改正法において、取締役会の権限が拡大されたことに対応して、株主権の強化の一環として、英米法における衡平法上の救済方法である差止命令(injunction)にならって制定されたものです。
 アメリカでは、裁判所による差止の命令に違反した行為に対しては、裁判所侮辱(contempt of court)として一定の刑罰が科され、差止命令の実効性がはかられています。
 ところが、二五年改正の際には、差止命令は実体法上の差止請求権として継受したものの、効果である裁判所侮辱については継受しませんでした。そのため、これらの差止請求ははなはだその実効性に欠ける結果となってしまいました。
そのことから、これまで立法論として、裁判所の命令違反に対する制裁を設けるべきとする意見が出されてきました。
昭和六一年改正試案九.2は、そうした背景から試案化されたものであります。
 ここで、これまでの議論について、簡単に振り返ってみることにします。

2.
 まず、昭和二五年商法改正は、戦後の早急な立法としてなされたものでありますが、英米法を大幅に継受し、取締役の法令・定款違反行為、新株の発行に対する差止請求権を制定しました。
 ちなみに最高裁民事局・商法改正に関する民事裁判官会同要録民裁資料二二号などをみますと、二五年改正の立案中に、裁判所侮辱制裁法の制定が問題にされていたようであります。
ところが、結局、裁判一般に対するいわゆる裁判所侮辱の制裁が立法化されることに期待してか、商法においてこの権利の実効性を確保するための手段は講じられませんでした。
 そのためこの法案の立案中から、差止請求権を認容する判決・仮処分の執行方法をどうするか、不履行に対する実効性確保の手段につき問題が指摘されており、不履行に対する実効性確保の手段としては、違反行為に対する罰則の制定や、仮処分命令の内容を商業登記により公示する方法等が検討されてきました。
 ただ、この問題は、商法のみならず、仮処分制度にも関わる問題でもありますので、保全処分の改正においても考慮されるべき問題ともいえます。そこで、この問題は、会社法の改正としてのみならず、保全処分制度の改正においても議論されることになりました。
 ところで、保全処分については、従来民事訴訟法第六編「仮差押及ビ仮処分」においてわずかの条文が規定されていたのみで、もっぱら解釈・運用でまかなってきましたが、あたらしい保全訴訟事件の発生などで、解釈・運用の限界がつとに指摘されてところでありました。
 そのため、強制執行法の改正の際に、保全処分制度の改正も審議され、その結果、強制執行法案要綱案(第二次試案)および民事執行法案要綱が作成されましたが、最終的には、仮差押え及び仮処分の執行手続を民事執行法の中に制定したに留まり、保全処分の手続自体については改正されないままに終わってしまいました。
 そこで、このような経緯を踏まえた上で、昭和五八年に、法制審議会民事訴訟法部会において保全処分制度の改正が決定されました。
 そして、改正作業の前提として、昭和五八年一〇月公表された「仮差押え及び仮処分の命令及び手続に関する検討事項」に基づいて各界に意見の照会がなされました。
 その「仮差押え及び仮処分の命令及び手続に関する検討事項」においては、「五 仮処分の効力」として、「(四)新株発行差止の仮処分(商法第二百八十条の十参照)その他の民事執行法による執行方法をもってしてはその実効性を十分あげることができない仮処分の不遵守に対しては、過料その他の制裁により実効性の確保を図るものとすること」につき問題提起がされています。
 この「検討事項」は、各界に意見照会された結果、仮処分の不遵守に対して過料あるいは刑事罰を設けるべきであるとする意見が多数を占めました。 ちなみに、仮処分の不遵守に対し、制裁を科すべきであるとの意見が圧倒的多数であり、その中でも、過料に賛成の意見が最も多く、刑事罰については、慎重に検討すべきであるとの意見が多かったとのことです。そのほかの意見としては、仮処分命令自体に違反した場合の損害賠償制度の創設、行政罰、従業員の資格の一時停止、民訴法でなく実体法で定めるべきである、などであったようです。
 そしてこの結果に基づいて法制審議会民事訴訟法部会は、仮差押え・仮処分についての審議を行いました。
他方、法制審議会商法部会においても、会社法の改正の中で、取締役の違法行為差止、新株発行差止の各仮処分の実効性の確保につきまして、裁判所の命令の違反に対する制裁の可否という形で審議がなされていました。
 そこで審議の対象となった事項は、先に述べました「仮差押え及び仮処分の命令及び手続に関する検討事項」の問題提起は、会社法の仮処分に限定されたものではなく、一般の仮処分をも対象としていますが、仮処分だけでなく、本案の差止の裁判についてもその実効性の確保の方策を考えるべきではないか等の問題点であります。
 この問題は、いうまでもなく会社法の改正と民事手続法の改正との両方にまたがる問題であるといえます。
そこで、会社法の改正作業としては、民事訴訟部会における仮差押え・仮処分についての審議の状況を見守りながら、民訴法などの手続法に任せるべきか、むしろ会社法において規定するべきかなどについて、審議がすすめられることになりました。
 そして、昭和五九年の五月公表された「大小(公開・非公開)会社区分立法及び合併に関する問題点」においては、法制審議会における仮差押え・仮処分制度の改正に関する審議との関連を考慮しながら検討するとしつつ、「一二 その他」として、「5 商法の規定に基づく裁判所の差止の裁判(例えば、取締役の法令定款違反行為の差止め・新株発行の差止め等)の不遵守につき、罰則による制裁を課するとの意見があるがどうか」各界に意見を照会しました。
 照会に対する各界の意見の中では、制裁は過料にとどめるべきであるとする意見が有力でありました。
 その結果、昭和六一年改正試案は、「九 その他」として、「2 商法の規定に基づく裁判所の差止めの裁判(例えば、取締役の法令定款違反行為の差止め・新株発行の差止め等)の不遵守につき、過料を科する。」と規定しました。
 不遵守の効果として、刑罰でなく、過料としたのは、@各界意見の多数にならっただけでなく、A過料であれば、民事調停法三五条において民事調停前の措置違反に対して一〇万円以下の過料を、家事審判法二八条において家事審判や家事調停で定められた義務の履行命令違反に対しても一〇万円以下の過料をそれぞれ科している例があること、B我が国と英米法とでは権利の実現のための手続構造が異なるため、直ちに同じような手続構造をとることができるかどうか疑問があること、C特に罰金にもせよ刑事罰を科することには、民事と刑事の分化という大原則に関わるものであるゆえ相当な議論を呼ぶこと、
 などを考慮した結果であるとされております。
 なお、民事訴訟法部会における仮差押え・仮処分についての審議の結果、昭和六一年六月二三日「仮差押え及び仮処分制度に関する改正試案」が公表されましたが、仮処分の不遵守に対する制裁については、「検討事項」に掲げられながらも、結局、仮差押え及び仮処分制度に関する改正試案には掲げられませんでした。その理由としましては、@刑事罰を科すことについては仮差押え及び仮処分のみではなく、民事訴訟法全体の問題として考えるべきであること、A過料を科すことについては、実効性が薄いことと、B仮処分の態様がさまざまであって、どのような行為をもって過料を科すのかが明確にしきれないことがあげられています。

三.差止仮処分違反の行為の効力

 次に、差止仮処分の実効性が解釈上、いかにはかられているかについて検討します。まず、冒頭申し上げた第一のアプローチである、差止仮処分違反の効力の問題について、新株発行差止仮処分違反の行為の効力の問題から検討します。

1. 差止請求違反の新株発行の効力

(一).
 この問題については、ご承知のごとく、従来から学説が分かれております。

A.有効説
 まず、有効説は、取引の安全と法律関係の安定を強調し、新株発行禁止の仮処分を無視して新株が発行されたこと自体は、新株発行無効の訴え(商法二八〇条ノ一五)における新株発行の無効原因とはならないと主張します。
そしてその理由として、つぎのような理由を挙げます。

@新株発行差止の仮処分は、仮処分債権者である株主と、債務者である会社との間において、会社に対して新株を発行してはならないという不作為義務を課するものであるから、株主と会社との間でのみその効力が生じ、取締役の職務執行停止の仮処分(商法六七条ノ二、一八八条三項、なお平成二年改正前商法二七〇条)のように対世的効力を有するものではなく、したがって、新株発行差止の仮処分は、新株発行に関する取締役の権限を対世的に制限するものと解することはできないこと(つまり仮処分の相対効ですね)。

A次に述べる無効説によれば、この仮処分によって株主の個人的な利益は保護されることになりますが、そのために広く新株を取得する第三者の利益を無視することになり、妥当ではないこと。

B新株発行差止の仮処分の実効性は、立法論として、仮処分違反そのものに対して制裁を課する規定を設けることにより確保すべきであること。
 
 この有効説によれば、新株発行禁止の仮処分を無視してされた新株の発行も他に実質的な無効原因がない限り、有効とされます。これに対する救済としては、商法二六六条ノ三の取締役の損害賠償責任が認められるにとどまります。

B.無効説
 これに対し、無効説は、有効説のように、仮処分に違反しても、新株発行の効力に影響がないと解すると、新株発行禁止の仮処分は、任意の履行を期待する仮処分にすぎないことになり、仮処分の実効性を確保することができないとしまして、株主の保護、仮処分の実効性の確保を強調し、新株発行差止の仮処分を無視して新株が発行されたことを新株発行無効の訴えにおける新株発行の無効原因と認めるべきと主張します。
 その理由としてあげるのは、仮処分違反に対する救済として、取締役の責任を問題とすることができるとしても、取締役の責任は、差止の仮処分の有無にもかかわらず認められるから、商法が差止請求を独立の権利として認めた意味がなくなること等であります。

C.個別的無効説(折衷説)
 このほかにも、新株発行差止の仮処分を無視して新株が発行されたことを一般的・全面的に新株発行無効の訴えの無効原因とすることはできないが、仮処分に違反して発行された新株が善意の第三者に譲渡されるまでは、これを所持している者との関係で個別的に新株発行無効の訴えの無効原因となることを認める折衷説があります。ただ、折衷説の具体的内容は論者によって様々であります。

(二).
(1). この問題につき、判例は、従来から無効説をとる下級審判例はありましたが、近時、最高裁が無効説をとることを判示するに至りました。レジュメの平成五年判決がそれです(最高裁平成五年一二月一六日判決(民集四七巻一〇号五四二三頁))。
 この判例の評価についてですが、平成九年に商法二八〇条ノ三ノ二の公示義務違反の新株発行の効力についての判例(これは商法二八〇条ノ三ノ二の公示義務違反の新株発行の効力について所謂折衷説に立ち、結論的に新株発行を無効と判示したものです。)がだされまして(最判平成9年1月28日(民集51巻1号71頁))、これが平成五年判決の延長線上に位置づけられるところからみましても、差止仮処分違反の新株発行の効力について判例は無効説で確立したものと考えてよいのではないでしょうか。
(2). さらにこの平成五年判決に関しましては、平成六年にだされた著しく不公正な方法によりなされた新株発行の効力を有効であると判示した平成六年判決(最判平成6年7月14日(判時1512号178頁、判タ859号118頁))との関係が議論されております。すなわち平成五年判決は、新株発行差止仮処分違反の新株発行の効力を無効と判示したのに対し、平成六年判決は、著しく不公正な方法によりなされた新株発行の効力を有効であると判示しています。このように右両判決が一見したところ、反対の結論をとっているところから、両判決の関係が問題となるのです。この点につきましては、近時、次のような最高裁の態度に関する「仮説」が提唱されています。それは、最高裁は、新株発行における既存株主の利益保護につき、事前の手段である新株発行差止請求権を中心的手段として位置づけている、とするものです。すなわち、「一旦新株が発行された以上、会社債権者を含む取引の安全のため、できるだけ無効原因を限定して考える一方、既存株主の保護はもっぱら事前手段たる新株発行差止請求権に委ねることになる。したがって、右新株発行差止請求権は既存株主の利益保護のために唯一認められた手段であるから、その実効性の確保が重要であり、とくに差止仮処分に違反した場合は無効原因になる」というのです。
 この「仮説」によれば、最高裁は、実質的には、新株発行差止請求権をもって、唯一の株主の救済手段と考えていることになると思われます。なぜならば、平成六年判決により、新株発行無効の訴えによる、事後的な瑕疵の是正・救済の範囲が著しく狭められてしまったので、もはや株主の救済としては、新株発行差止請求権の行使しかないからです。そして平成五年判決は、前に述べましたとおり、新株発行差止仮処分に違反する新株発行の効力を無効と判示しているので、事前救済手段である差止請求権は、つよい実効性を持つことになるのです。
 さて、この「仮説」の妥当性についてですが、今年に入って、最高裁は、商法二八〇条ノ三ノ二の公示義務違反の新株発行の効力について所謂折衷説に立ち、結論的に新株発行を無効と判示しました。そして、これにより、差止請求をもって、株主の救済手段と考える前記「仮説」は、その仮説としての妥当性が明らかにされたといえましょう。

(三).このような、最高裁の態度の是非についての評価は、今回の発表の意図するところではありません。ここでは、最高裁が、新株発行差止請求権をもって株主の救済手段の中心と位置づけていることのみを指摘したいと思います。
 そして、その仮処分違反の効力については、学説上の争いは別にしまして、少なくとも実務上は無効ということになります。これによれば、差止請求権は強い実効性を有するということになりましょう。
 いずれにせよ、新株発行差止請求権の場合は、有効説をとらない限り、仮処分違反の効力を否定することで、強い実効性を期待することができることになります。

2.取締役の違法行為差止仮処分違反の行為の効力
 さて、次に取締役の違法行為差止仮処分違反の行為の効力について検討します。
 ここで差止請求の対象となる行為は、「法令又ハ定款ニ違反スル行為」であり、二八〇条ノ二第一項または二九六条の規定に違反して取締役会の決議なくして新株又は社債を発行する場合などの法令又は定款の具体的規定に違反する場合ばかりでなく、一般的規定である商法二五四条三項、民法六四四条の善管注意義務、商法二五四条ノ三の忠実義務に違反する行為をも含むと解されております。
 そして、その行為は、それが有効か無効かは問わないとするのが通説です。では、右差止違反の行為の効力はどうなるのでしょうか。
 違法行為が元来無効な行為である場合については、元々当然無効であるから、当該行為の効力に何らの影響を及ぼしませんので、問題とされますのは、違法行為が本来は有効な行為である場合です。
 この点につきましては、若干学説が分かれておりました。

A.相対無効説
 すなわち、取締役の違法行為差止請求権の行使は、すでに述べたとおり、仮処分申請によりなされるのが通例ですが、この仮処分の効力については、民事保全法制定前はこれを明確に定めた規定がなかったため、これに違反する第三者の権利取得は一律に会社に対抗できないとする相対無効説という考えもありました。

B.有効説
 しかし、民事保全法制定後におきましては、@民事保全法五八条一項が不動産の登記請求権保全のための処分禁止の仮処分につき、当該仮処分の登記がなされた場合に限って、これに抵触する限度で後になされた行為は債権者に対抗することができないとして、相対無効を規定していること、A同法六二条が、占有移転禁止の仮処分の効力についても執行官の公示がなされていることを前提に当事者恒定効を認めていることからしますと、不作為を命じる仮処分について登記や執行官による公示がなされない限り、原則として第三者には対抗することができないものと解されます。
 したがって、有効説が妥当であり、この説が通説でもあります。
 ただ、この有効説による限り、差止請求権を行使したとしても、取締役がこれに従わない場合、差止違反の効力は第三者に対して対抗できず、新株発行差止仮処分の場合と対照に、「実効性」にきわめて乏しいといわざるをえません。

四.差止請求権の執行

1.はじめに
 さて、レジュメの四.差止請求権の執行に移ります。
今までの検討から、仮処分違反の行為の効力を否定することで、新株発行差止請求権の場合には強い実効性が期待できるものの、取締役の違法行為差止請求の場合には、実効性に乏しいことが分りました。
 そこで、次に、もう一つのアプローチである、仮処分の執行について検討を進めていきたいと思います。
 ここに取締役の違法行為差止、新株発行差止仮処分の命令は、取締役の違法行為差止請求権・新株発行差止請求権が不作為請求権と解されているところから、不作為を命じる仮処分の一類型であり、不作為を命じる仮処分の執行は、仮処分名義が民事保全法五二条二項により債務名義とみなされ、その執行は、同条一項により強制執行の例によるとされています。そして不作為義務の執行方法は、代替執行(民執法一七一条、民法四一四条三項)または、間接強制(民執法一七二条)によります。両者は、不作為自体の強制的実現を図るときには、間接強制(同法一七二条)によるのに対し、違反結果の除却又は将来のための適当な処分として代替的作為を命じたときには代替執行(同法一七一条、民法四一四条三項)によるという違いがあります。
 したがって、差止仮処分の執行の方法としてこれらが考えられます。
ところが、従来から取締役の違法行為差止・新株発行差止の仮処分はその実効性が乏しいことが指摘されているにとどまり、実務上その執行が活用されることはないようであります。
 その理由としてはいくつか考えられますが、たとえば次のことがあると思われます。
@仮処分の執行の方法が不明確かつ不十分であること。
なお、民事執行法制定以前には、不作為の仮処分は任意の履行を期待するに過ぎないと解する見解すらありました。この説によれば、債務者が任意に履行しないときには必要に応じて第二次の仮処分をすることになりましょう。現在でも、これら商法上の差止仮処分は任意の履行を期待する仮処分であるとの意識が実務家には強いように思われます。
A従来、不作為の仮処分の執行は、違反行為があってはじめて可能であると解されていたこと。
B決定に際し、債務者審尋が必要な関係で、特に新株発行差止仮処分のように、執行命令から新株発行の日までに時間的余裕がない場合、審尋手続をとることにより、執行命令が発令される前に払込期日が経過してしまうこと。
C右Bの場合不作為期間の満了により不作為義務自体が消滅するため、仮処分は、被保全権利の消滅を理由に取消されること。
そこで、仮処分の執行に実効性を持たせるためには、これらの前提自体にメスを入れて再検討していく必要があるといわなければなりません。

2.間接強制
 まず問題となるのは間接強制です。
 民執法一七二条一項によると不作為義務の間接強制は、右義務違反が現に継続中である場合、執行裁判所が、以後の違反継続の期間に応じ、または、相当と認める一定の期間内に違反を止めないときには直ちに、一定の額の金銭を債務者に支払うべき旨を命じるという方法によりなされます。

(一).間接強制の事前執行
 間接強制については、まず事前執行の可否が問題になります。
 間接強制は違反行為があってはじめて可能であるとするのなら、あまり実効性を期待することはできないからです。

A.否定説
 この点につき、従来の通説は否定説であり、間接強制の事前執行を否定します。すなわち、一回的不作為債務のうち、一定時期の不作為債務については、その作為が禁止された時期がくるまでは履行期は到来していないし、そのほかの一回的不作為債務や反復的不作為債務は、違反行為がない間は、任意に義務が履行されていることになるから、いずれにせよ執行開始の要件が存在しない、と説くのです。
 したがって、この説によれば、不作為債務については、予め間接強制の方法によって、これを強制する手段がないことになります。
従来の実務の取扱いも、否定説によっていたといえましょう。裁判例としては、静岡地裁浜松支部昭和六二年一一月二〇日決定(判例時報一二五九号一〇七頁)及びその抗告審である東京高裁昭和六三年一月二七日決定(判時一二六二号一〇五頁)があります。ちなみに、この判例は、浜松の暴力団一力一家に関する事件です。
 しかし、否定説によれば、違反結果が物的に残る場合には後で述べる代替執行の利用がなしえますが、特に一回的不作為義務で、違反結果が物的にも残らない場合にはまったく執行方法を欠く結果になってしまいます。
また、一回的義務と否とを問わず、もし違反があれば、回復しがたい損害を生じるような場合にも違反行為があるまでは執行できないという結論になります。
 そこで、否定説に対しては、これでは不作為請求権の本来の機能である警告的・予防的機能を生かせず、不作為請求権の存在意義を否定することになりかねないとの批判がなされることになります。

B.肯定説
 そして、このことから、肯定説が有力に主張されることになるのです。
肯定説は、その論拠として、右に述べた否定説に対する批判のほか、民事執行法一七二条(民訴法旧七三四条)の文言が、事前に間接強制をなすことを禁ずる趣旨とは解されず肯定説の妨げにならないことや、同条の沿革などをあげています。
 最近では、肯定説の方が、学説上有力であり、多数説になりつつあるようです。
また、近時、不作為債務を命ずる債務名義の間接強制において、強制金予告決定の要件として、違反行為が不要である旨を判示した裁判例も現れるに至っています。東京高裁平成三年五月二九日決定(判時一三九七号二四頁、判タ七六八号二三四頁)がそれです。
 このように、間接強制の事前執行については、これを肯定するのが、現在の実務・学説の傾向といえましょうか。

(二).強制金額の算定
 次に問題となるのは、その強制金の額をいくらにするかです。
 実際、間接強制が実効性を有するか否かは、サンクションたる強制金の額としてどれだけ引き上げることができるかにあるといっても過言ではありません。
 この点については、民事執行法制定前は、間接強制における強制金の定め方については、法文が「期間ニ応ジ一定ノ賠償ヲ」「直チニ損害ノ賠償ヲ」などとされ(旧民事訴訟法七三四条)、損害賠償の観念と接合していたところから、争いがありましたが、現行民事執行法は、「債務の履行を確保するために相当と認める一定の額の金銭を債権者に支払うべき」として(民事執行法一七二条一項)、右有力説の立場に立つことを明らかにしましたので、この点についての学説の対立は解消しました。
 そして一般に、心理強制の目的に即した執行裁判所の合理的裁量とされていますが、間接強制に実効性をもたせるためには違反行為を抑止するに十分な額としなければなりません。
 強制金の決定に際して考慮されるファクターとしては、物の本によると、@金銭の受領によっても実質的な満足が得られるか、それともあくまで債務者の行為の実現を所期すべきかという執行債権の性質、A不履行によって債権者が受ける損害、B債務者の不履行の態様(後でも変更決定(民事執行法一七二条二項)によって対処できるか否か)、C履行の難易・不履行継続による債務者の利益・不履行の社会的影響の有無などが考えられる、とされています。
 差止仮処分の場合も、これらのファクターを考慮して違反を抑止するに足りるだけの十分な額にする必要があるでしょう。
 これらを綜合考慮して決定するわけですが、実務上は一応損害額を算定した上で、これに債務の履行を強制しうるに足る額を加算して、相当な額を定めるという扱いが穏当でありましょう。その加算の仕方については、民事執行法の立案時に英米法のいわゆるトリプル・ダメージ的なものが考えられていたこと、損害を基準にする方が裁判実務上は使い勝手がよいと思われることからすれば、右ファクターの中でも損害額を基準としつつ、履行の難易・不履行継続による債務者の利益等他のファクターを考慮し、あたかも保証金を高くするように、損害額を何倍かしていくという形で、金額をあげていくのがよいと思われます。
 そして、その場合何倍にするかは、債権の性質により異なるでしょう。例えば、その債権が金銭の支払により満足するものであれば、その限度以上にはならないが、他方、生活妨害のような事例では、非常に高額になるといった具合にです。
 以上のところからすると、商法上の差止仮処分の執行として、間接強制がなされる場合、その強制金の額は、権利の性質が高度に経済的であるところから、取締役の違法行為、新株発行により株主が被る損害額を基準として、それに債務者の不履行などの態様を加味して決定されるべきとはいえましょう。
 いずれにせよ、強制金の決定方法については、今後の実務の集積を待つ必要があるといえそうです。

3.代替執行
 引き続いて代替執行について検討します。
 不作為義務の執行の方法としては、間接強制により不作為自体の強制的実現をはかるだけでなく、民事執行法一七一条により代替執行も認められています。もともと不作為債務は、その内容を問わず、総て、当然に不代替的であるから、執行方法としては間接強制しか問題にならないはずですが、法は、「不作為執行の手続構成上のテクニック」として代替執行をも認めたのだと解されています。 ここにいう「不作為執行の手続構成上のテクニック」とは、作為義務(派生的作為義務)を派生させて、請求異議の訴えなどによる起訴責任の転換を図りつつ、不作為義務違反がなかったのと同じ状態あるいは違反が起こらぬ状態を形成する方途を認めたことです。これにより、右派生的作為義務の実現のためにも、(作為義務の執行の場合と同様に)代替執行・間接強制が認められるのです。
 そして代替執行の方法としてなしうるのは、不作為義務違反物の除却と将来のための適当な処分であります。そこで、取締役の違法行為差止・新株発行差止の仮処分の執行の方法として、代替執行によることができるかについても検討してみましょう。

(一).除却
 まず不作為義務違反物の除却について検討することにします。
 不作為の債務名義成立後の違反行為が違法な物的状態を残す場合には、債権者は、代替執行により、執行裁判所の授権決定を得て、債務者の費用で除却できます(民執法一七一条一項、民法四一四条三項)。
 ここにいう「違法な物的状態」の例としては、通常、不建築義務違反の建物、通行受忍義務違反の木柵などがあげられています。
 このような違反結果の除却は、一種の代償的執行であると解されています。すなわち、違反結果の除却は不作為の債務名義の内容に属しませんので、本来ならば債権者が改めて除却請求の訴えを提起しなければならないはずですが、それでは、債務者が、不作為の債務名義成立後に違反行為をすることにより、右債務名義が容易に形骸化されてしまうことになります。そこで、代替執行として除却を認めることで、除却請求権の存否をめぐる起訴責任を債務者に転換したのであります(つまり、債務者側から請求異議の訴えなどを提起しなければならない。)。前述した「不作為執行の手続構成上のテクニック」の一つですね。
 では、取締役の違法行為差止・新株発行差止の各仮処分において不作為義務違反物の除却は利用することができるでしょうか。
 取締役の違法行為差止請求権、新株発行差止請求権における不作為の対象は、それぞれ当該取締役の違法行為、新株発行の日における新株の発行であるとされております。
 このことから、従来、差止仮処分の執行の対象もこれらの一回的な不作為であり、これらの差止請求権は一回的不作為請求権であると理解されてきたのです。
 ただ、このような一回的不作為請求権においても「除却」が利用できるかについては学説上争いがあります。

A.否定説
 まず、否定説は、除却債務(結果除去請求権)をもって、不作為債務の存在を前提とし、その将来における履行を確保するための執行法上の請求権と捉える。そして右除却債務は、あくまでも「不作為債務の執行法上の変形物」でありますから、不作為債務自体が消滅した場合は、たとえ右義務違反から生じた物的状態が現存していたとしましても、それが現に不作為義務を侵害しているわけではない以上、執行の余地がない、と説きます。
 したがってこの説によれば、差止仮処分のような一回的不作為債務においては、侵害行為により不作為債務自体が消滅するので、除却をすることはできないということになります。
 このように理解する限り、差止仮処分には代替執行としての「除却」は利用できないという結論になりましょう。
 ただ、この説に対しては、不作為債務の将来における履行を確保するための執行法上の請求権と捉えるだけであれば、将来のための適当の処分と内容的にまったく同一となってしまい、両者を別個に規定する法意を理解できない、一回的不作為債務についての適用を不可能にし不合理であるなどの批判があり、反対説があります。

B.肯定説
 そのうちの一つは、不作為義務違反により消滅した実体法上の不作為義務の変形物として実体上の損害賠償請求権とともに執行法上の結果除去請求権が発生する、とする見解であります。
 この説によれば、不作為義務に関する債務名義成立後に生じた違反結果は、不作為債権の実体的存否ないしは将来の違反の可能性に関わらず、つねにその除去を不作為義務の執行として求めうることになります。
 この見解によれば、不作為義務違反行為があった場合でも、違法な物的状態が存在すれば、除却を利用することができることになりましょう。
 ただ問題は何が違反物かです。
 この点について新株発行差止仮処分の場合について、仮処分違反の新株発行によって作成された株券などが考えられます。

C.差止請求権を継続的不作為請求権と捉える説
 もう一つは、ただいま紹介した2つの説とは次元を異にする考えであり、新株発行差止請求権について、新株発行の日という一定時に新株発行をしてはならない、という一回的不作為請求権だと理解するのではなく、継続的な不作為請求権であると捉える見解です。
 すなわち、新株発行差止請求権は、最終的に右不作為を求めるものではありますが、それだけにとどまらず、権利行使以後新株発行時までに行われるべき諸々の発行手続のすべての一連の行為の不作為を求めることを内容とする反復的・継続的不作為請求権である、と理解するのです。
 そして、ここにいう「諸々の発行手続」とは、証券取引法に基づく届け出、割当日の決定及び公告、新株引受権者への通知または公告、株式申込証の作成、銀行との株金払込取扱契約の締結、割当、株券作成などの一連の手続すべてが含まれましょう。つまり、これらの一連の行為が執行の対象となるというのです。
 これらのうち、除却の対象となりうるもの、すなわち、違反状態が物的に存在し、かつ、その除却を代替的になしうるものは、株式申込書の作成、新株引受権証書の発行、株券の作成等です。
 したがって、この説によれば、これらのものについて除却をなすことができることになります。
 ただ、この説は、新株発行差止請求権に関して議論しており、取締役の違法行為差止請求権に関しては、議論していません。しかし、新株発行差止請求権について継続的不作為請求権と解しながら、取締役の違法行為差止請求権について別異に解する理由がないとおもわれますので、新株発行差止請求の場合と同様に継続的不作為請求権と解することになるとかんがえられます。ただ、その場合の除却の対象が何かについては、明らかではありません。

(二).将来のための適当な処分
 さて、もうひとつ代替執行の方法としてなしうるものは、「将来のための適当な処分」です。ここにいう「適当な処分」とは、反復的又は継続的不作為債務において、「処分」が行われたとき以降の部分的不作為につき違反行為のないことを確保するために適当とされる処分をいいます。したがって、右「適当な処分」がなされるためには、違反行為が反復・継続的になされることが必要です。「将来のための適当な処分」の具体的内容については、争いがありますが、この点につき、通説は、不作為債務の違反を防止する物的設備の設置の授権、違反行為に対する立担保命令、違反行為に対する賠償金の支払命令などのすべてを肯定し、処分の内容には特に制限がないとしています。
 そこで、取締役の違法行為差止・新株発行差止仮処分の執行として、この「適当な処分」を利用するためには、前述した、これらの差止請求権について、継続的不作為請求権と捉える説に立つ必要があるでしょう。
 差止請求権について継続的不作為請求権と捉える説に立ち、かつ、「将来のための適当な処分」の内容について右通説を前提とすれば、「適当な処分」としては、新株発行差止の場合では、作成された株券の占有を執行官に移す措置などを考えることができます。
 他方、取締役の違法行為差止の場合では、違法行為の内容によってさまざまのものが考えられ、具体的に明かではないことは、除却の場合と同様であります。

(三)代替執行と間接強制との関係
 なお、差止請求権の執行については間接強制だけでなく代替執行も可能だとすると、両者の関係が問題となります。つまり間接強制の補充性を明記した現行民事執行法(民執法一七二条一項)の下で、同一の不作為債務の執行について、代替執行と間接強制とが併用できるかということです。
 特に、代替執行のうち、将来のための適当な処分として、賠償予告、立担保命令も含ましめるときには、間接強制の可能な不作為債務のほとんどには、右「適当な処分」が可能となるところから、併用の可否が議論されるのです。

A.否定説
 この点について、否定説は、民執法一七二条一項が、間接強制を「前条第一項の強制執行ができないものについての」強制執行の方法として規定している文理を根拠に、かかる併用は認められないと説きます。
 しかし、この説に対しては、違反行為の態様によっては、物的結果を残す可能性のある不作為債務については、物的結果を残さない態様の違反行為が何度繰り返されても間接強制ができないことになり、不当であるとの批判がなされているところです。

B.肯定説
 そしてこのことから、肯定説も有力に主張されています。
 この説は、民執法一七一条一項により、不作為判決に基づいて代替執行ができるのは、違反の結果の除去と代替的作為を内容とする将来のための適当の処分であって、不作為義務自体は代替執行の方法で強制執行することはできないのだから、同法一七二条一項にいう、「不作為を目的とする債務で前条第一項の強制執行ができないもの」とは、およそその性質上違反の除去や適当の処分の代替執行がありえない不作為義務を指すのみではなく、違反の結果の除去や適当の処分の代替執行は可能であっても、それ自体について代替執行ができない、その基本たる不作為義務一般をも指すと解すべきである、と主張するのです。つまり、肯定説は、同法一七二条一項は、代替的作為義務や不作為義務違反の結果の除去、代替的作為を内容とする適当の処分を間接強制によって執行することはできない、との意味に理解するのです。
 学説の状況としては、肯定説は、有力ではあるものの民執法一七二条一項の文理からすれば、やや無理があることは否めず、否定説がやや多数説のようであります。
 ただ、前に述べたとおり、差止仮処分の場合に代替執行の可能性を肯定すると、否定説に立つ限り、間接強制の可能性がなくなってしまうでしょう。
 そうすると、代替執行がその可能性は肯定しうるものの、(これから述べるように)実効性に乏しい以上、併用を否定し、間接強制を認めないと、結論的には、差止仮処分の執行の途をまったく否定することになってしまいます。
 たしかに、代替執行の可能性を解釈論的に放棄すれば、たとえ否定説に立っても、間接強制を用いることができます。
 しかし、併用否定という前提を鵜呑みにしたまま、そのようなアプローチに立つよりも、まずかかる前提を吟味して、間接強制の途を残しつつも、代替執行の可能性を検討することのほうが、筋であると思われます。
 したがって、差止の執行を実行あらしむるためには、文理的には苦しくとも、肯定説に立つ必要があると考えます。

(四)検討
 いままで、代替執行の可能性について検討してきました。
 その結果、差止請求権を継続的不作為請求権と解すれば、「違法な物的状態」の除却や「将来のための適当な処分」を利用することができることが分かりました。
 しかし、だからといって代替執行により差止仮処分の実効性が十分であるとはいえません。なぜなら、(継続的不作為請求権と解しうるかどうかはともかくとしても)違反物の特定が極めて困難であると予想されるからです。
 たしかに新株発行差止の場合には、前に申したとおり株式申込書の作成、新株引受権証書の発行、株券の作成等について「違法な物的状態」を観念することができます。しかし、新株発行までの短い期間に右のような違反物の特定をなすことは、現実問題としてみれば、債権者にとってはなはだ困難であるといえましょう。さらに取締役の違法行為差止請求権の場合には、その違法の態様が新株発行差止の場合に比べさまざまでありますから、違反物の特定はいっそう困難です。
 結局、解釈論として、代替執行の可能性は十分考慮することができるとしても、その実際上の効用は必ずしも十分なものではないといえそうです。

4.執行命令を含む仮処分命令の可否
 続いてレジュメの4.にいきます。
 いままで検討してきた代替執行、間接強制は、不作為の仮処分の執行として、執行裁判所の執行命令により行われます。右執行命令の発令に当たっては、民事執行法一七一条三項、一七二条三項により債務者の審尋が必要であるとされています。したがって、右審尋手続を経ているうちに、当該取締役の違法行為・新株発行行為がなされてしまうことが予想されます。
 このことは、特に新株差止仮処分の場合、執行命令が発令される前に払込期日が経過してしまい、これにより被保全権利たる新株発行差止請求権が消滅してしまうので、きわめて大きな影響があります。
 ところで、不作為を命じる仮処分において債務者の違反行為が予想される場合、違反行為を防止するために、民事保全法二四条の「必要な処分」として、あらかじめ仮処分命令中に執行命令的な条項を付加することができるかどうか問題とされています。ちなみにこの問題は、旧法時代から解釈上問題とされてきました。民事保全法二四条は、仮処分命令において裁判所が命ずることのできる方法を定めているが、旧民訴法七五八条一項・二項を統合した上、文言の整理を行っただけで、内容的な変更はほとんどありません。したがって、新民事保全法においても学説の状況はそのまま引き継がれていると解されています。
 さて、もしかかる「付加」が許容されれば、差止請求権の実効性はかなり高まることになります。
 だが、この点については学説上見解の対立があります。

A.否定説
 この点につき、否定説は、@執行命令は証明による事実認定が必要であるのに仮処分命令は事実の疎明により発令されること、A執行命令を出すには、債務者審尋が必要とされる(民執法一七一条三項、一七二条三項)こと等の理由から、このような付加を違法とします。

B.肯定説
 しかし、この見解は少数にとどまり、旧法の下から一貫して、多数説及び実務はかかる条項の付加を肯定していました。新民事保全法の下においても状況は同様です。
 特に新民事保全法においては、仮の地位を定める仮処分命令は、口頭弁論または債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、原則としてこれを発することができないと定められたので(民保法二三条四項本文)、かかる付加を認めても、債務者の利益が害されるおそれが旧法に増して減少したと解されます。
 したがって、民事保全法二四条の「必要な処分」として、仮処分命令中に執行命令的な条項を付加することは認められると考えられます。
 もっとも、そのための理論構成については、次のとおり考え方が分かれています。
B1説
 まず、仮処分命令中の右付加部分を執行命令であると捉え、仮処分命令に執行命令が併記されるという考え方がありえます。これを便宜上「併記説」といいます。しかし、この説には、違法説の論拠である前記@Aがそのまま批判として妥当するでしょう。
従って、この説は支持されがたいとおもわれます。
B2説
 もう一つの説明は、執行命令は、仮処分の目的を達成するために必要な処分として仮処分そのものを構成するという考え方であります。便宜上これを「構成部分説」といいます。すなわち、本来の不作為を実現するために必要な処分として、代替執行の授権や金銭の支払などを命じうるとするものであり、一種の仮の地位を定める仮処分を同時に命じうることになる、というのです。これが通説であり、現在の裁判実務もこの説を前提にしているものと思われます。この説が妥当であると解されます。

 いずれにせよ、違反行為を防止するために、民事保全法二四条の「必要な処分」として、あらかじめ仮処分命令中に執行命令的な条項を付加することができるとすれば、審尋手続を経ているうちに当該取締役の違法行為、新株発行がなされてしまうという可能性が減少するので、仮処分の執行の実効性はかなり高まるということがいえるでしょう。

5.差止請求権の執行についてのまとめ
 以上の検討からしますと、差止仮処分の執行は、取締役の違法行為差止・新株発行差止仮処分については、差止請求権を継続的不作為請求権と解することにより、間接強制のみならず、代替執行も用いうると解釈することが可能であるものの、代替執行については違反物の特定が困難であり、その実際上の便益はあまり大きくありません。
 したがって、執行の方法として実際上重要なのは間接強制ということになります。そして間接強制を実効あらしむるための解釈としては、間接強制について、事前執行を認めること、執行命令を含む仮処分命令を認めることがあり、これらにより、解釈上、その実効性を強めることができます。
 ただ、その場合でも決め手となるのは、強制金の額でしょう。
 間接強制における強制金の額がサンクションとして機能するだけの十分な額でないと、どのように解釈論を展開しようと絵に描いた餅になってしまうからです。
 この点については、@商法上の差止仮処分の執行として、間接強制がなされる場合、その強制金の額は、権利の性質が高度に経済的であるところから、取締役の違法行為、新株発行により株主が被る損害額を基準とすべきこと、Aその上で保証金を高くする場合とパラレルに、債務者の不履行などの態様、履行の難易・不履行継続による債務者の利益等を考慮し、右損害額を何倍かしていくという形で、金額をあげていくべきであること、を指摘しました。
 判例についてみても、先ほど述べました一力一家の事件に見られるごとく、生活妨害事例においては運用上、徐々にその実効性が高まっていると解されます。
 しかし、間接強制によるサンクションの実効性については、次の問題を指摘できます。
 まず、第一に強制金の額の認定の困難性である。
 実務上は、どうしても現実の損害をベースに強制金の額が認定されざるをえませんが、一般に強制金の額の認定は困難であることが指摘されています。そうすると、結局は損害の認定という困難な事態に立ち至ることになります。
 第二に、強制金自体の実効性です。
 すなわち、いくら強制金額を操作しても、右違法行為、違法な新株発行により得られる利益が右強制金額より大きければ、違法行為はなされるであろうし、だからといって、払いきれないほどの強制金額の支払を命じても、実際のところ、何も取れないのだから無意味であるということです。
 つまり、仮処分の執行を解釈・運用上、強化することによって、取締役の違法行為差止・新株発行差止の仮処分の実効性を確保しようとする試みは、ある程度成果を挙げることが期待できるものの、損害額の認定という問題に突き当たり、一定の限界が生ぜざるをえないものと考えます。つまり、仮処分の執行を強化することにより実効性をはかることには、限界があると思われます。

五.昭和六一年改正試案九.2の当否

1. はじめに
 続いて、レジュメの五.の昭和六一年改正試案九.2の当否のところに移ります。すでに、商法上の差止仮処分の実効性を解釈上確保することはできないわけではないにせよ不十分であり、立法的規制が必要であることをみてきました。そこで、次に差止仮処分の実効性を確保するためには、いかなる立法が望ましいかについて検討することにします。
 レジュメの二.の箇所において述べたごとく、この問題は、昭和二五年改正により取締役の違法行為差止請求権、新株発行差止請求権が制定された当時から議論がされてきたところであります。民事訴訟法と商法とにまたがる問題であるためさまざまな議論がありうるところではありますが、次の三点に問題を絞って考えてみたいと思います。
@.これらの差止仮処分違反に対し、何らかの立法的手当てが必要であるか
A.立法により、行為の効力を否定する方法と制裁を課す方法のどちらがいいか
B. 過料か刑事罰か
 以下、この@ABについて順次検討します。

2.これらの差止仮処分違反に対し立法的手当てが必要であるか

(一).
 まず、@についてです。
 これについては、新株発行差止仮処分の場合と、取締役の違法行為差止の場合とで、分けて考える必要があるでしょう。
 まず、前者(新株発行差止仮処分の場合)について検討します。
 既に述べたとおり、新株発行差止仮処分の場合、差止の執行も一定限度の実効性があるとはいえるけれども、それよりも端的に当該新株発行の効力を否定することでより強い実効性を確保することができることを見ました。
 そして、平成五年判決以来、実務上も判例が無効説で確立したこともみました。
 このような現状におきましては、特に試案のような規定をおかなくても、よいようにも思います。
試案は、まだ判例が無効説に固まっておらず、有効説が今よりも有力であった昭和61年当時のものであり、必ずしも現在そのままで妥当するものではないと思います。ですから、新株差止請求権については、解釈に委ね、特に、立法的手当てをしなくても、よいのではないかと考えます。
 とくに、平成二年改正において、定款に譲渡制限がある閉鎖会社の株主に新株引受権が法定された(商法二八〇条ノ五ノ二第一項)結果、このような閉鎖会社においては、新株発行の方法は原則として(=株主総会の特別決議によって、新株引受権を排除しない限り。同条一向但書)株主割当に限定されます。
 従いまして、このような会社においては株主の新株引受権を無視する発行はそれ自体違法となります。
このようなことから、今後、新株発行が支配権争奪の手段として用いられるのは、譲渡制限をしていない非上場会社と公開会社(上場会社)、中でも前者(譲渡制限をしていない非上場会社)においてであると考えられます。
 もし、仮処分違反に厳重な制裁を課せば、@.本条の差止が、取締役の違法行為差止の場合とは異なり、株主の個人的利益確保のために認められること、A.支配権争奪をめぐるこのような仮処分が取り消される可能性もありうること、とあわせ考えると、仮処分債権者債権者にきわめて強力な武器を与えてしまうことになります。
 有効説が通説であったときならいざしらず、現在では、無効説が実務であるのです。そして、学説の多くも、理論構成はともかくとして、平成五年判決の結論自体を支持される方が多いようにも見受けられます。
 このように考えると、現在においては、仮処分違反に対し制裁を科すよりも、仮処分違反の効力について実体法上無効とすることにより、その「実効性」をはかっていく方が、より穏当ではないかと考えております。

(二).取締役の違法行為差止仮処分の場合
 他方、取締役の違法行為差止仮処分の場合はそれとは事情が異なります。なぜならば、仮処分違反の行為の効力も有効であるし、差止仮処分の執行も観念的にはともかく、あまり想定しにくいとすれば、全く実効性がないといえるからです。
 従って、少なくとも、取締役の違法行為差止請求権については、その実効性をはかるべく何らかの立法的手当てが必要であると思います。

3.立法により、行為の効力を否定する方法と制裁を課す方法のどちらがいいか
 そこで、取締役の違法行為についてだけ立法的手当てが必要であるにしても、試案のような形ではなく、むしろ、端的に取締役の違法行為差止仮処分違反の行為は無効である旨の明文規定をおくことも考えられましょう。これによると、商法上の仮処分の実効性を、どちらの仮処分の場合もその効力を否定する方法ではかるということで平仄を合わせることができます。
 しかし、私としては、そのような考え方にはどうしても躊躇を覚えます。
 なぜならば、手続法である仮処分の効果を実体法であえて規定することが他の条文との均衡上調和しないと思われるからです。
それにこのような実体法で規定すべきという考え方は、試案の検討段階で否定されているところでもあります。その理由もおそらく実体法規定との調和にあると思われますが、そうだとすれば、それは現在でもそのまま妥当するものと思われます。
 従って、結論としては、取締役の違法行為差止仮処分については、仮処分違反につき、制裁を課する規定を設けるべきであると考えます。

4.過料か刑事罰か

(一).過料制度の問題点
 次に取締役の違法行為差止について、制裁を必要であるとして、その制裁手段は過料で足りるか、それとも刑事罰を科するべきかが問題となります。この点につき、刑事罰を科すべきであるとの論者は、差止仮処分の実効性を期するためには、過料では足りないとするようです。
 たしかに、過料制度には問題もあり、必ずしも、機能しているとはいえない現状があるようではあります。
すなわち、@.現行の過料制度は、その額が100万円以下とされており(商法498条)、これでは間接強制よりも見劣りがすること、A.過料については職権探知主義が取られているとはいっても、裁判所にに事実探知能力がないため、機能していないこと、が問題です。
 @.については、額を引き上げればよいことですが、A.については、若干敷延して説明します。
 過料の裁判の執行は、検察官の命令によってなされ、検察官のなすこの命令は、執行力を有する債務名義と同一の効力を有するとされています(同法208条1項)。
 そして、裁判所が右裁判をなすにあたっては、同法11条において職権探知主義が取られている関係上、職権をもって事実の探知・証拠調べをなすことができます。このように、現行の過料制度は、もっぱら裁判所が事実の探知及び必要な証拠調べを職権で行った上でする仕組みになっているのです。そこで、過料制度が実効性を持つためには、まず何よりも、裁判所の事実探知能力の拡充如何にかかっているといわなければなりません。
 ところが、我が国においては、この点が不十分であり、せっかく過料制度が定められていてもその多くは事実上死文化しているといわれております。
 ちなみに、過料の裁判が機能しているのは、わずかに、会社役員の選任懈怠(商法498条1項18号)と登記懈怠(同条1項1号)の場合くらいであるとされています。これらが機能しているのは、登記官が通知義務を負っているからと解されています(商業登記規則107条)。
 このような通知の仕組みを持たない他の過料の場合については、裁判所が法令違反について知りえない以上、過料に処せられる場合はまず考えられないということになります。
 この点について、61年改正試案は、九.8(過料制度の改善)において、「過料制度(商法498条、有限会社法85条)の改善については、非訟事件手続法の改正の可否とも関連して、なお検討する。」として、過料制度の改善について提案を行っています。
 ただ、究極的には、非訟事件手続法の改正とも絡む問題でもありますので、商法においてできることはしれているようにも思われます。

 そうだとすれば、両罰規定にするかどうかというような問題もありますが、むしろ刑罰による制裁を課するほうが、実効性という意味では妥当ではないかと考えます。
 その方が、@.母法たる英米法に忠実でもあります(英米法においては既に述べたとおり、裁判所侮辱による制裁があります。)。 また、A.平成九年に罰則の強化の改正がなされましたが、その趣旨にも沿うのではないかと思います。

 ただ、仮処分違反に刑罰を科するとすれば、民事と刑事との区分といった法学上の大問題に突き当たることにもなるでしょう。この点は、クロロキン判決などに見られる懲罰的損害賠償の導入論とパラレルに考えうる問題であります。確かに、わが国においても有力な英米法学者は、民事と刑事の区別を相対化し、サンクションの実効性をはかるべきとの主張をしており、それはとても傾聴に値するものと思われます。
 しかし、大陸法の枠組みを前提とするわが国の法制度の下では、民事と刑事の区別は裁判所も実務上も定着しており、それを相対化することは容易なことではないと思われます。
 前に述べた家事審判法や民事調停法における履行強制の規定の立法過程において、民事と刑事の区別に反するなど反論が多かったなどの事情が如実にそれを物語っているといえるでしょう。
 この点は、今後の課題としてもう少しよく考えてみたいと思います。

六.終わりに

 本発表では、商法上の権利である差止請求権の実効性の確保と称して、実際はかなりの部分民事訴訟法について触れてしまいました。民事訴訟法なかんずく執行・保全の分野は私自身あまり今まで得意としなかった分野ですので、おもわぬ誤解をしているかもしれず、その点はお詫びしなければなりません。
 ただ、およそ権利として、存在している以上、その実効性の確保ということもあわせて考慮されてしかるべきと考えます。 代表訴訟等とも関連し近時コーポレート・ガバナンスが議論されていますが、取締役の違法行為差止仮処分や新株発行差止仮処分も株主の監督機能の一翼を担うという意味でガバナンスに関わるある意味重要な規定であると考えます。
 今後は、商法上の制度を手続面を含め、その実効性という見地から再吟味していくことを今後の課題といたしたいと思います。
私の発表は以上です。御静聴まことにありがとうございました。

以上