[判例研究] 新株発行不存在確認の訴えの被告適格         
日本大学法学部専任講師 松嶋隆弘


(新株発行不存在確認、新株発行無効請求事件、最高裁平五(オ)三一六号、平成九年一月二八日第三小法廷判決、破棄自判、民集五一巻一号四〇頁、判時一五九二号一二九頁、判タ九三一号一七九頁、金法一四八一号五一頁、金判一〇一五号一七頁)



【事実】

一. A株式会社は、青果物の仲買業務を目的として昭和四一年に設立され、昭和五一年の時点で資本金一二〇〇万円(一二〇〇株)の同族会社である。Aは、昭和五四年に新株一二〇〇株を、昭和六三年に新株二四〇〇株をそれぞれ発行した旨の登記を経由した。本件の原判決は、この二回にわたる新株発行の存否ないし効力を争う二つの訴えの併合事件に対するものであり、本件は、昭和五四年の新株発行に関するものである。

二.Aの代表取締役は、設立以来X(原告、控訴人、被上告人)であった。昭和五四年の新株発行まで、Xは二七〇株を有する筆頭株主であり、Xの甥であるY(被告、被控訴人、上告人)は二〇〇株を有していた。ところが、昭和五四年の新株発行は、一二〇〇株のうち六〇〇株をYが、一〇〇株をXが引き受けるものであったために、これにより筆頭株主の地位が逆転することになった(昭和六三年の新株発行により、筆頭株主の地位は再度逆転する。)。そこで、Xは、昭和六三年に(Aでなく)Yを被告として、昭和五四年の新株発行が不存在であることの確認を請求した。

 第一審は、「新株発行に該当する事実が全くない場合や仮に物理的に存在するような外観を呈していても、それが手続的瑕疵や実体的瑕疵が著しい場合には、例外的に、その新株発行が不存在であることを主張することができる」と一般論を述べた上、昭和五四年の新株発行には著しい実体的・手続的瑕疵があるとまではいえないから、新株発行が不存在であるとはいえないとして、Xの請求を棄却した。
 これに対して、原審は、新株発行不存在確認の訴えの要件などに関する一般論を述べることなく、詳細に事実を認定した上、昭和五四年の新株発行について「授権資本増加の株主総会の決議、新株発行についての取締役会の決議及び新株発行についての株主への公示の手続がいずれも不存在であり、有効な新株の発行があったとはいい難い上、Y側がAの支配権を確立しようとする意図のもとになしたものであるとみとめられてもやむを得ない状況であるから、その実体的及び手続的瑕疵が著しい場合といわざるを得ず、不存在と評価するに値する」としてXの控訴を容れ、第一審判決を取り消して、Xの請求を認容した。

【判旨】

 「商法上の特別の訴えとして、同法二八〇条ノ一五以下に規定されている新株発行無効の訴えは、新株発行の日から六箇月内にのみ(同条一項)、株主、取締役又は監査役に限り(同条二項)、会社を被告として提起することのできる形成の訴えであり、新株発行を無効とする判決は第三者に対してもその効力を有するが(同法二八〇条ノ一六において準用する一〇九条一項)、新株は将来に向かってのみその効力を失う(同法二八〇条ノ一七第一項)。商法が、このように、出訴期間及び原告適格の制限があるとともに、認容判決に対世効がある一方で遡及効はない特別の訴えを創設した趣旨は、新株発行は、会社と取引関係に立つ第三者を含めて広い範囲の法律関係に影響を及ぼす可能性があるために、新株発行に無効原因がある場合であっても、その新株発行を前提として形成されていく新たな法律関係をいつまでも覆し得ることとし、あるいは遡及して覆し得ることとするのは相当でなく、また、認容判決の効力が訴訟当事者間においてのみ相対的に生ずるとするのも相当でないことから、新株発行に伴う法律関係を早期かつ画一的に確定することにあると解される。
 商法は、このように新株発行無効の訴えを創設しているが、新株発行不存在確認の訴えについては何ら規定するところがない。しかしながら、新株発行が無効であるにとどまらず、新株発行の実体が存在しないというべき場合であっても、新株発行の登記がされているなど何らかの外観があるために、新株発行の不存在を主張する者が訴訟によってその旨の確認を得る必要のある事態が生じ得ることは否定することができない。このような新株発行の不存在は、新株発行に関する瑕疵として無効原因以上のものであるともいうことができるから、新株発行の不存在についても、新株発行に無効原因がある場合と同様に、対世効のある判決をもってこれを確定する必要がある。したがって、商法の明文の規定を欠いてはいるが、新株発行無効の訴えに準じて新株発行不存在確認の訴えを肯定する余地があり、この場合、新株発行無効の訴えに対比して出訴期間、原告適格等の訴訟要件が問題となるが、この訴えは少なくとも、新株発行無効の訴えと同様に、会社を被告としてのみ提起することが許されるものと解すべきである。
 これを本件について見ると、Xの本件新株発行不存在確認の訴えは、新株を引き受けた株主であるYを被告として提起したもので、会社以外の者を被告とするものであることが明らかであるから、不適法であるといわなければならない。」

可部恒雄・千種秀夫裁判官の補足意見
 「新株発行の不存在についても、新株発行に無効原因がある場合と同様に、対世効のある判決をもってこれを確定し得ることとする必要があることは、法廷意見の説示するとおりで、商法の明文の規定を欠いてはいるが、新株発行無効の訴えに準じて新株発行不存在確認の訴えを肯定すべきであると考える。その場合、明文の規定がないにもかかわらず、新株発行無効の訴えに準じてこれを認めるのであるから、被告適格の点だけでなく、出訴期間、原告適格等の訴訟要件を始め、出訴期間経過後の措置、判決の効力等についても、可能な限り新株発行無効の訴えに準ずべきことはむしろ当然であろう。したがって、商法が法的安定性の見地から新株発行無効の訴えについて出訴期間を設けた趣旨に鑑みれば、出訴期間の制限なしに、何時までも新株発行不存在確認の訴えを独立して提起し得るものとすることには躊躇を覚える。その反面、新株発行不存在確認の訴えを必要とする実情に照らせば、右の出訴期間の経過後においても、新株発行の不存在を前提として株主権の不存在確認を求める等の別訴を提起することを妨げる理由も見出し難い。そして、そのような判決が確定したときは、登記等の新株発行の外観を除去するための方途も同時に考慮されなければならない。
 このような問題点を考えると、新株発行無効の訴えに関する規定を何処まで類推適用すべきかについては、なお議論の余地があるが、本件においては、いずれの当事者からもこの点についての主張はなく、したがって原審も判示せず、論旨もまた特段の言及をしていないところであるから、それらについては今後の検討にまつこととし、Xの本件訴えについては、被告適格を欠く点において不適法であるとし、これを却下するのが相当である。」

【評釈】

一.はじめに

 本件は、昭和五四年、六三年の二度にわたりなされた新株発行のうち、前者に関して争われたものである。いずれも小規模の同族会社(A)内におけるX・Y間の支配権争奪の手段としてなされたものである。後者については、Yから公示義務違反(商法二八〇条ノ三ノ二)を理由とする新株発行の訴えが提起されている。原判決は、両新株発行の併合事件であるが、本判決は、分離した後、前者についてのみ判断を下している。そこで、本稿でも前者のみを検討することにしたい1。後者2については、公示義務違反の新株発行の効力につき、別稿3を予定しているので、それに譲る。
 新株発行不存在確認の訴えについては、その法的性質、要件、効果などについて、学説上十分な議論がなされてきたとはいえず、不明確な点が多い。本判決は、XがYに対して提起した新株発行不存在確認の訴えに対して、新株発行不存在確認の訴えは会社を被告としてのみ提起することができるとして、Xの請求を却下した。したがって、本判決は、いかなる場合に新株発行が「不存在」といえるかにつき、実体法上の判断をしたものではなく、訴訟法上の問題点を指摘しつつ、その中の被告適格の点についてのみ結論を示しているに留まっている。その意味では、新株発行不存在確認の訴えについての、最高裁の判断が示されたとは言い難い。だが、この判決により、従来議論されなかった問題の所在が明らかになったので、今後議論を呼ぶことは間違いないであろう。以下、まず、新株発行不存在の訴えに関し、本判決で争点となった問題を検討し、次に残された問題のいくつかについて触れることにしたい。

二.本判決において問題とされた点

1.新株発行の訴えの許容性
 新株発行の瑕疵に対する現行法の対応は、株主総会決議の瑕疵の場合(商法二四七、二五二条参照)とは対照的に、新株発行無効の訴え(商法二八〇条ノ一五)について規定するのみである。新株発行不存在の訴えについては何ら規定がない。そこで、そもそもこのように条文にない新株発行不存在の訴えを認めることができるかが問題となる。
 この点につき、直接言及した判例はないようである。今まで新株発行不存在の訴えが争点となった判決は、公刊物でみるかぎり五件ほど(福岡高裁昭和三〇年一〇月一二日判決(高民集八巻七号五三五頁)4、最高裁昭和五三年三月二八日判決(裁判集民事一二三号三〇七頁、判時八八六号八九頁、金判五四五号二一頁)、名古屋地裁昭和五九年六月二二日判決(判タ五三三号二四六頁)、東京高裁昭和六一年八月二一日判決(判時一二〇八号一二三頁、金判七五六号三頁)5、最高裁平成四年一〇月二九日判決(裁判集民事一六六号四七七頁、金判九二一号一八頁、判タ八一五号一三七頁)6)あるが、それらの中に、新株発行が「不存在」であるとしたものはないからである。本判決もまた新株発行不存在の訴えの許容性について直接的には言及していない。ただ、これらをみるかぎり、判例は新株発行不存在の訴え自体を否定する趣旨ではないようである。
 他方、学説も、株主総会(二五二条)と異なり規定はないものの、新株発行の瑕疵が著しい場合、すなわち新株発行の実体がなく、単に新株発行による変更登記(一八八条二項六号、三項)があるに過ぎない場合7は、新株発行は不存在であり、新株発行無効についての商法二八〇条ノ一五の適用はなく、新株発行不存在の訴えを提起できるとして、この訴えを認めることに異論がないようである8。その理由としては、株主総会の決議の瑕疵について、その瑕疵が著しい場合には、従来、明文がなくとも株主総会決議不存在の訴えが認められると解されてきたこと9、新株発行無効の訴えの出訴期間が六ヶ月に制約されているので、新株発行不存在の訴えを認めることにより、著しい瑕疵については右出訴期間経過後でも、是正を求めることができること、などが挙げられよう。

2.新株発行不存在の訴えの被告適格
 このように、新株発行不存在の訴えという訴訟類型自体、判例・学説とも一致して認めるところであるが、かかる訴えにつき明文がないことから、解釈に委ねられる部分が非常に多く、未解明な問題が山積している。その一つに、本件で争点となっている被告適格の問題がある。
 法人の内部紛争における被告適格は誰にあるのかについては、解釈上争われている10。新株発行不存在の訴えにおける被告適格の問題もその一環の問題として位置づけられよう11。
 従って、理論的には少なくとも、法人の内部紛争における被告適格の問題と同様に、(1).当該団体(会社)のみを必要的被告適格者とする見解、(2).法人でなく、決議の効力を争う訴訟における紛争主体を被告適格者とする見解とがありうるはずである。
 しかし、こと新株発行無効の訴えに限ってみれば、被告適格は会社のみにあるとする点(つまり、(1)説をとるという点で)でほぼ異論がないように見受けられる12。これによれば、新株発行不存在の訴えにおいても同様に会社にのみ被告適格ありと解することになろう。本判決も、XがYに対して提起した新株発行不存在確認の訴えにつき、「新株発行無効の訴えと同様に、会社を被告としてのみ提起することが許されるものと解すべきである」として、Xの請求を却下した。これは従来の学説の流れにしたがったものと理解できる。
 本判決が右のように考えた理由として、無効判決の対世効(商法二八〇条ノ一六、同法一〇九条)が挙げられている。原告が、会社のほか新株主を相手に新株発行無効の訴えを起こした事案において、この訴えが原告勝訴の場合に対世効を有することを理由として、新株主を被告とする部分の訴えを被告適格なしとして却下した下級審判決13がある。ちなみに、株主総会の決議の瑕疵を争う訴訟においても、通説は会社のみが被告適格を有すると解している。会社を被告とする明文の規定はないが、株主総会決議は、会社の意思決定として、会社を主体とするものだからである1415。これらのことからみると、新株発行不存在の訴えにおける被告適格も、会社についてのみ存すると解すべきであろう。
 したがって、この部分の判旨は妥当であり、おそらく商法学上あまり異論がないものと思われる。もっとも、上告審で突然被告適格により破棄・却下することはXの手続保障上問題ではあろう16。

三.その他の問題点

1.はじめに
 本件においては、被告適格を欠くため訴えが却下となり、新株発行不存在の訴えについて、それ以上の判断が下されていない。ただ、前述のごとく、広範に解釈に委ねられるこの訴訟類型の場合、被告適格以外にも未解明な問題が多い。例えば、判決に対世効があるか、裁量棄却の可否(昭和二五年改正前商法三七二条、一〇七条)17、原告適格、出訴期間の有無、新株発行無効の訴えとの限界等である。特に出訴期間を新株発行の訴えに準じて設けるべきかについては訴訟の帰趨につき影響が大きいところから、本判決も問題点を指摘しているところである。また、そもそもこの訴えの法的性質や、いかなる場合に「不存在」といえるかの基準についても議論がありうるところである。
 これら全てにつき、検討を加えることは、判例評釈の性質上できないので他日を期する。ただ、これらの中から、以下@この訴えの法的性質及び対世効の有無、Aいかなる場合に「不存在」とされるか(不存在事由)、B出訴期間の有無につき若干の考察を試みたい。

2. 新株発行不存在の訴えの法的性質及び対世効の有無
 前述のごとく、従来の学説は、極めて簡単な記述しかないものの、新株発行不存在の訴えという訴訟類型自体を認めていた。そして、その訴えについては「新株発行無効の訴のように瑕疵の主張の制限はなく、……新株発行について利害関係のある者は何人でも、訴の方法によらず、何時までも瑕疵を主張することができる」と解している18。これは、つまり、新株発行の訴えを通常の確認訴訟と解しているものと理解できる。したがって、右説明によれば、@新株発行不存在の訴えの法的性質は通常の確認訴訟であり、A対世効はなく、B出訴期間の制約もない、という帰結になろう。
 しかし、そのような通常の(対世効のない)新株発行不存在の訴えでは、そもそもの目的である実体のない新株発行の変更登記を更正することができないだろう19。公示制度としての商業登記の変更を、相対的効力しか有さない通常の判決(民訴法一一五条)でなすわけにはいかないからである20。そうすると、確認の訴えは過去の事実・法律関係の確認を求めるものであり、確認が紛争の抜本的解決に役立つことが必要である以上21、かかる通常の新株発行不存在の訴えは確認の利益を欠き不適法と考えられる22。
 本判決も「新株発行の不存在についても、新株発行に無効原因がある場合と同様に、対世効のある判決をもってこれを確定する必要がある」と判示しており、解釈上対世効を肯定するものと理解できる。明文はないものの、新株発行不存在の訴えは新株発行の無効以上の瑕疵であり、無効判決には対世効が認められていることからすれば、対世効は認められるべきと考える23。明文がないことは、昭和五六年改正で法認される前から株主総会決議不存在の訴えが対世効ある訴えとして認められてきたことからしても、対世効を認める障害とはならないと考える24。
 さて、対世効ある訴えを認めた場合、その法的性質が問題となる。この点、通常の確認訴訟においては対世効がないこと、新株発行無効の訴えは形成訴訟と解されていること25から、この新株発行不存在の訴えを形成訴訟と理解する考えがありうる。たしかに、形成訴訟には対世効があるから、この解釈には一定の説得力がある。
 しかし、近時、民事訴訟法学上、形成訴訟と対世効は必然的な結びつきではなく、確認訴訟に対世効を認めることも可能であると主張されている26。実際、従来から民法上、婚姻無効の訴えの法的性質について議論されているところである27。また、商法上、株主総会決議無効・不存在の訴えについても然りであり、対世効ある株主総会決議無効・不存在の訴えにつき、少なくとも商法学上確認訴訟説が通説である28。これらのことからみて、新株発行不存在の訴えを対世効を肯定しつつも、確認訴訟と理解することは可能であるようにも思われる。この点については問題提起にとどめ、結論は留保したい。

3.何が不存在事由か
 次にいかなる場合に不存在とされるかの問題がある。判例・学説上ほぼ異論なく新株発行が不存在であると認められるのは、新株発行の事実が物理的・外形的に全く存在しないにもかかわらず、新株が発行されたような外観がある場合である。その「外観」としては注(7)にて前述のごとく、登記、偽造株券の発行、新株発行について虚偽の記載をした計算書類の備置等があげられている。
 その他に、新株発行の事実が物理的・外形的には存在するものの、新株発行(行為)が存在すると法的に評価され得ない場合も、新株発行不存在であるとする主張もある29。この点について本判決は、「新株発行の実体が存在しないというべき場合」と判示しており、このことは右主張に否定的であることを窺わせる3031。
 新株発行不存在の訴えは、その実務上の利用形態をみるかぎり、新株発行無効の訴えの出訴期間をかいくぐる「便法」として用いられるものである。このことは株主総会不存在の訴え(二五二条)と同様である。ただ、株主総会決議の瑕疵を争う訴えにおいては、瑕疵の内容に応じて、取消、無効、不存在というメニューが存在し、手続違反と定款違反については取消、法律の内容違反については無効という振り分けが法律上予定されている。このようなシステムの下では、不存在は、取消についての提訴期間を補完するものとして位置づけられる。
 これに対し、新株発行の瑕疵を争う訴えとしては、全てが提訴期間六ヶ月の無効の訴えにより解決されるシステムになっている。しかも、無効事由は一般的にきわめて限定されて理解され、重大な瑕疵のみが無効事由であるとされている。このようなシステムの下で新株発行の不存在事由を広げることは、右新株発行の無効事由についての解釈と調和しないように思われる。また、仮に、右主張に立ったとしても、いかなる場合に「法的に評価され得ない」かの判断は難しい。一般的にいって新株発行不存在は新株発行無効よりも大きな瑕疵であるということができようが、無効と不存在の境界は微妙であり、あまり議論がなされていない32。いずれにせよ今後の判例の集積が待たれるところである。

4.出訴期間の有無
 最後に、出訴期間の有無である。新株発行無効の訴えには六ヶ月の出訴期間の制限がある。新株発行不存在の訴えについて、新株発行無効の訴えに「準じて」考えていくとするならば、出訴期間の制限についても同様に設けるべきだという解釈がでてくる33。本判決の補足意見も断定は避けているものの、かかる解釈に肯定的である。
 しかし、前述のとおり、そもそも新株発行不存在の訴えは、新株発行無効の訴えが出訴期間の制限のために提起できないので、一種「便法」として利用されるものである。それなのに、この訴えについても無効の訴えと同様の出訴期間の制限を設けるとするならば、この訴えを事実上否定するに等しくなるだろう34。したがって、新株発行不存在の訴えについて、出訴期間の制約はないと解すべきである。
 ただ、新株発行不存在の訴えにつき出訴期間の制約を設けないとすると、本件のごとく、新株発行から何年もたってその瑕疵を争うことを認めることになり、取引の安全、会社組織の安全への配慮が問題となる。
 確かに、無制限に何年たっても、右瑕疵の主張を認めることには抵抗もある。しかし、判例・学説が異論なく不存在であると認める新株発行の物理的・外形的事実がないのに、単に登記などの外形だけがある場合においては、そもそもの新株発行の実体がない以上、取引の安全、会社組織の安全への配慮は不要であるから、それでも構わないのではなかろうか35。新株発行の事実が物理的・外形的には存在するものの、新株発行(行為)が存在すると法的に評価され得ない場合も、新株発行不存在であるとした場合にはじめて問題になることのように思われる36。

四.おわりに

 本判決は、新株発行不存在の訴えが認められることを前提として、会社にこの訴えの被告適格があるとした。この判決の結論部分には賛成する。ただ、本判決が示唆するのとは逆に、新株発行不存在の訴えについては出訴期間の制約はないと解すべきである。
 新株発行不存在の訴えについては、未だ解明されていない問題が多い。本判決は、その問題の幾つかについて判断を示し、問題提起をしているにとどまる。今後の判例・学説の集積が待たれる。






1 本判決の評釈として、尾崎安央・判時一六〇六号二一七頁、近藤崇晴・法曹時報四九巻一一号二八一頁、瀬谷ゆり子・判タ九四八号一八九頁、本間靖規・法学教室二〇三号一〇四頁、山本弘・会社判例百選(第六版)一五〇頁、生田治郎・判タ九七八号一六四頁、大塚龍児・私法判例リマークス一六号一一〇頁。
2 最高裁平成九年一月二八日判決(民集五一巻一号七一頁)。この判決の評釈として次のものがある。青竹正一・民商法雑誌一一七巻四・五号(平成一〇年)一五七頁(以下、「青竹」として引用する。)、同・平成九年重判九五頁、栗山徳子・判タ九四八号一八二頁、近藤崇晴・法曹時報四九巻一一号(平成九年)三〇〇頁、中東正文・法学教室二〇一号一一八頁、並木和夫・会社判例百選(第六版)一四一頁、山口和男・判タ九七八号一六六頁
3 拙稿「公示義務違反と新株発行の無効原因」法学紀要四〇巻(平成一一年)に掲載予定
4 ただし、旧法下のものである。
5 本判決の評釈として、坂本延夫・金判七六五号四二頁、川島いづみ・税経通信四二巻五号(昭和六二年)二五二頁、砂田太士・法律のひろば四一巻四号(昭和六三)年六七頁、瀬谷ゆり子「新株発行の瑕疵と不存在確認の訴え−最近の判例の検討を通じて−」京都学園大学論集一七巻三号(昭和六三年)九三頁、庄子良男・判タ九七五号一九五頁
6 本判決の評釈として、近藤弘二・平成四年重判一二二頁
7 登記のほかには、偽造株券の発行、新株発行について虚偽の記載をした計算書類の備置(商法二八二条)等がありうる。本判決のコメント(判時一五九二号一三〇頁)参照
8 坂田桂三『現代会社法(第三版)』(平成七年)五六一頁、加美和照『新訂会社法(第四版)』(平成六年)三三六頁、菱田政宏「新株発行と瑕疵」石井追悼『商事法の諸問題』(昭和四九年)四一〇頁
9 最高裁昭和三三年一〇月三日判決(民集一二巻一四号三〇五三頁)、最高裁昭和三八年八月八日判決(民集一七巻六号八二三頁)、最高裁昭和四五年七月九日判決(民集二四巻七号七五五頁)など多数
10 学説の状況については、中島弘雅「法人の内部紛争における正当な当事者」青山善充・伊藤眞編『民事訴訟法の争点(第三版)』(平成一〇年)七〇頁、高橋宏志『重点講義民事訴訟法』(平成九年)一七六頁以下、上田徹一郎『民事訴訟法(第二版)』(平成九年)二二二頁等を参照のこと。
11 本間・前掲評釈一〇五頁
12 山崎悠基『注釈会社法』(昭和四三年)二四一頁、近藤弘二『新版注釈会社法(7)』(昭和六二年)三五九頁、坂田・前掲書五六六頁、山口和男編『会社訴訟非訟の実務(四訂版)』(平成七年)七七二頁
13 釧路地裁昭和三八年二月二六日判決(商事法務二七三号一〇頁)
14 大隅健一郎=今井宏『総合判例研究叢書商法(5)』(昭和三四年)一七四頁、山口・前掲書四〇六、四三七、四五四頁。加美・前掲書二一一頁。
株主総会決議取消の訴えの被告適格につき、最高裁昭和三六年一一月二四日判決(民集一五巻一〇号二五八三頁)。
15 ただ、最近の民訴学説においては、本文で述べた通説と異なる結論をとるものが、有力である。たとえば、谷口安平「団体をめぐる紛争と当事者適格」ジュリスト五〇〇号(昭和四七年)三二二頁は、取締役選任決議の取消訴訟においては、当該被選任取締役を、それ以外の決議においては、代表取締役を被告とすべきであるとされる。このほか、取締役選任決議の取消訴訟の場合には、会社と被選任取締役とが共同被告とされるべきであるとするもの(新堂幸司『民事訴訟法(第二版補訂版)』(平成二年)二〇〇頁、同旨坂田・前掲書三六七頁)もある。なお、近時最高裁は、取締役解任の訴えの被告適格につき、取締役と会社の双方が共同被告として被告適格を有する旨判示した(最高裁平成一〇年三月二七日判決(民集五二巻二号六六一頁、評釈として、松原弘信・法教217号一一八頁))。この判決と本件判決との関係等についても、本格的な検討が必要であろうが、この点については、他日を期する。
16 本間・前掲評釈一〇五頁
17 本文掲記の増資無効の訴えにおける裁量棄却の規定は昭和二五年改正の際に削除された。しかしこれは、規定(二五年改正前商法三七二条により準用される一〇七条)の文言が一切の事情の斟酌を許し、裁判所の裁量権をあまりに自由かつ広範に認めるもののごとく解されるおそれがあるために削除されたにすぎなく、合理的範囲内での裁判所の裁量を否定する趣旨ではない(鈴木竹雄=石井照久『改正株式会社法解説』(昭和二五年)二五二頁、一三九頁)。新株発行無効の訴えに関し、現行法の下でも、裁判所はその本来有する法律解釈の権限に基き、軽微な瑕疵を理由とする訴えや会社荒らしの目的にでる訴えを棄却できるとされている(大隅健一郎=今井宏『会社法論中巻(第三版)』(平成四年)六六七頁)。このようなことからすると、新株発行不存在の訴えに関して裁量棄却を解釈上認めることも可能なように思われる。 ただ、その際「軽微な瑕疵」とは何かが問題となろう。軽微かどうかは瑕疵の程度と相関的に決されるべき問題であり、新株発行無効の場合よりも、不存在の場合の方が瑕疵の程度が大きいと解されているので、不存在における「軽微」は無効におけるそれよりも程度が大きくてもよいと解しうるのだろうか。
18 菱田・前掲論文四一〇頁、坂田・前掲書五六一頁
19 新株発行が不存在とされた場合における登記の更生手続については、規定がない以上、新株発行が無効とされた場合におけるそれを準用するしかない。すなわち、新株発行不存在判決により新株の発行、株券回収、払込金の返還が行われたときは、資本額、発行済株式総数(一八八条二項五号、六号)の減少を生ずるから、新株発行による変更登記を更正しなければならないところ、右登記は、受訴裁判所の嘱託(非訟事件手続法一三九条七号、商業登記法一五条)により行われる。 山口・前掲書七七七頁、鈴木竹雄編『株式実務(新版)W』(昭和三七年)三四頁
20 嘱託による登記がなされる他の場合をみても、法文上または解釈上判決効が社員全員に及ぶとされる場合が多い。神ア満治郎『図説商業登記法(新訂第一〇版)』(平成九年)四八〜四九頁
21 最高裁昭和四七年一一月九日判決(民集二六巻九号一五一三頁)、上田・前掲書二一四〜二一五頁
22 ただし、補足意見が指摘するように、新株発行の不存在を前提として株主権の不存在確認を求めることは可能である。
23 ただし、「不存在」という性質上、新株発行と異なり、遡及効否定の規定を類推する余地はない。近藤・前掲評釈二九五頁
24 ちなみに、明文のない取締役会決議無効・不存在の訴えについても、解釈上判決に対世効を認めるべきとする見解も主張されている。坂田・前掲書四〇九頁。
25 山口・前掲書七七五頁
26 岩原紳作「株主総会決議を争う訴訟の構造(1)」法協九六巻六号(昭和五四年)一五頁、谷口安平「株主総会決議の不存在」鈴木竹雄=大隅健一郎=上柳克郎=鴻常夫=竹内昭夫編『新商法演習1』(昭和四九年)二七一頁
27 我妻栄『親族法』(昭和三六年)五四頁以下。なお、同書五八頁注(四)は、「確認判決にも、特別の事項に関するものについては、その訴提起権者を最も直接的な利害関係のある者に制限する等の条件の下に、対世的効力を認め、これによって法律関係の画一的決定をはかることを可能ならしめるとともに、一般の利害関係者が、それと並んで、別の訴訟で先決問題として主張することも禁じない、とすることも立法として可能」であるとされる。
28 岩原・前掲論文一五頁
29 前掲東京高裁昭和六一年八月二一日判決、菱田・前掲論文四一一頁、坂本・前掲評釈四四〜四五頁
30 本判決のコメント(判時一五九二号一三二頁)。もっとも、最高裁が直接、新株発行の外形的・物理的実体がないのに外観がある場合だけに限る旨明言しているわけではないので(尾崎・前掲評釈二一八頁)、あくまでも推測にすぎない。
31 近藤・前掲評釈二九一頁。反対説として、本間・前掲評釈一〇五頁
32 この点については尾崎・前掲評釈二二〇頁参照