[論説] 公示義務違反の新株発行に関する最高裁判例と残された問題 
日本大学法学部専任講師 松嶋隆弘


一 はじめに
二 平成一〇年判決
三 解釈上の問題点
四 立法論的検討
五 結びに代えて




一.はじめに

1. 株式会社において支配権争奪のために新株発行が用いられるとき、既存株主をどう保護すべきか。この問題は、これまでさまざまな角度から論じられてきた。
 右の場合において株主にとってとりうる具体的救済手段としては、いくつかのものがある*1。しかし、株主にとっての一番の解決は、当該新株発行の効力自体を否定することである。そのために法は、事前的救済として新株発行差止請求権(商法二八〇条ノ一〇)を、事後的救済として新株発行無効訴権(同二八〇条ノ一五)というメニューを用意する*2。ただ、両者とも、株主保護のための権利としての実効性という観点からは、議論がある。
 筆者は、前者の実効性に関し既に別稿において考察した*3。そこで、本稿では、後者について、最近出された最高裁判決(最高裁平成一〇年七月一七日判決、判時一六五三号一四三頁、判タ九八五号一三四頁、金判一〇五七号一五頁 以下、「平成一〇年判決」という。)をてがかりとして、解釈論的・立法論的考察を加える*4。

2. 新株発行の無効事由については、法が広く解釈に委ねているため、何が無効原因かについて、解釈が分かれる。ただ、近時、特に平成に入ってから、この点に関する最高裁判所の判断が相次いでいる。次のとおりである*5。

@.新株発行差止仮処分違反の効力を無効とする最高裁平成五年一二月一六日判決(民集四七巻一〇号五四二三頁 以下、「平成五年判決」という。)*6

A.著しく不公正な方法によりなされた新株発行であっても有効であるとする最高裁平成六年七月一四日判決(判時一五一二号一七八頁、判タ八五九号一一八頁、金判九五六号三頁  以下、「平成六年判決」という。)*7

B.公示義務(商法二八〇条ノ三ノ二)違反の新株発行の効力について、新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合でない限り、新株発行の無効原因となると解すべきである(以下、これを「折衷説」という。)、とする最高裁平成九年一月二八日判決(民集五一巻一号七一頁 以下、「平成九年判決」という。)及びこれに続く「平成一〇年判決」*8

 これらから明らかなとおり、実務上新株発行の無効原因となるのは、新株発行差止仮処分違反の場合と公示義務違反の場合だけである。ただ、前者は、前提として新株発行差止仮処分の申立が認容される必要がある。したがって、支配権争奪のための新株発行から、株主を保護するために新株発行無効の訴えを提起しようとすると、公示義務違反を理由にするしかないことになる。
 ところで、株主が公示義務違反を理由として、新株発行無効の訴えを提起するにあたっては、まだ検討しなければならない問題が残されている。確かに、平成九年判決、一〇年判決により、折衷説が判例上確立した。しかし、平成一〇年判決は、それと同時に、今後検討されるべき課題も残した。すなわち、(1).折衷説のいう「新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合」とは何かが明らかではないのである。そして、(2).あわせてその立証責任*9も考えなければならない。
 これらの問題については、従来から、新株発行差止請求権(仮処分)における「著シク不公正ナル方法」という文言の解釈として、さまざまな議論がなされてきた。つまり、平成一〇年判決は、公示義務違反の新株発行の場合においても、同様の問題があることを示唆したことになる。このことは、新株発行差止仮処分の場合も公示義務違反の場合も紛争の現れ方が異なるだけであり、実際は同じことが議論されている、ということを意味する。この点は、従来あまり意識されていなかった。平成一〇年判決がそれを明らかにしたといえる。
 本稿では、まず、平成一〇年判決を手がかりに、従来、差止仮処分を念頭に議論されてきた上記(1).(2).の解釈論上の問題を、公示義務違反の新株発行の観点から再検討してみることにしたい。これにより、差止仮処分の場合を念頭において議論されてきた諸学説を別な角度から検証し、自説の確立に努めたい。
 その上で、立法論的考察を行いたい。新株発行法制については、従来から立法的解決の必要性が指摘されてきた。本稿では、新株発行無効訴権について、平成一〇年判決及び前記の解釈論の結果を踏まえて、若干の立法論的検討を行いたい。

二.平成一〇年判決

1. まず、本稿の議論の素材となる平成一〇年判決について、ごく簡単に紹介したい。平成一〇年判決は、以下のような事案であった。
 Y株式会社(被告・控訴人・被上告人)は、平成三年三月当時、発行済株式の総数が二万株、資本金が一〇〇〇万円であり、その役員は、代表取締役がA、取締役がAの父であるB及びC、監査役がX1(原告、被控訴人、上告人、以下同じ)であった。右当時の株主及びその持株数は、Aが四四〇〇株、その姉であるX2が二九〇〇株、その夫であるX1が七五〇〇株、X1が代表取締役であるX3株式会社が四〇〇〇株、Cが二〇〇株、Dが一〇〇〇株であり、Yの株式の譲渡については取締役会の承認を要する旨の定款の定めがあった。
 Yは、平成三年三月当時約一億三〇〇〇万円の借入金があり、その利息と元本の支払に年間約二五〇〇万円を要するため、運転資金に不足を来す状況にあったところ、Aは、Yの増資を計画し、知人であるEに相談し、取りあえず出資金を自らが立て替えて増資し、発行したYの新株をEに譲渡して立替金を回収することでEの了承を得た。
 Yは、平成三年三月二九日午前一〇時、Y本社の会議室において、A、B及びCが出席して取締役会を開催し、額面五〇〇円の新株を一万二〇〇〇株発行してこれをAに割り当て、発行価額を一株一九〇〇円、払込期日を同年五月二三日とすること等を決議したが、その際、Aは、Cに対し、この増資の件を取引先に知られたくないのでしばらく他言しないように頼んだ。
 Aは、株主であるX3及びDの各事務所に電話したが、連絡がとれず、結局、Yは、払込期日の二週間前までに商法二八〇条ノ三ノ二に定める公告も株主への通知もしなかった。
 Aは、平成三年五月二〇日、Yに対し、申込証拠金二二八〇万円を添えて、新株一万二〇〇〇株を発行価額一株一九〇〇円で引き受けることを申し込み、払込取扱銀行である株式会社F銀行G支店は、同月二三日付けで二二八〇万円の株式払込金保管証明書を発行し、Yは、同月二四日付けで発行済株式の総数を三万二〇〇〇株、資本金を二一四〇万円とする増資の登記を経由した(以下「本件新株発行」という。)。
 なお、平成三年五月三〇日に、A、B及びCが出席してYの取締役会が開催され、Aの所有するYの株式のうち、二〇〇株をBに、一万株をEに各譲渡することが承認され、Yは、同年六月三日付けで、Aに六二〇〇株の、Bに二〇〇株の、Eに一万株の各株券を発行し、右各人はこれを受領した。

2. このような事案に対して、原審(東京高裁平成七年一〇月二五日判決(東京高等裁判所(民事)判決時報四六巻一〜一二号三三頁、判時一六三九号一二七頁、金判一〇〇四号一五頁))は、公示義務違反の新株発行をも有効であると判示して、XらのYに対する新株発行無効請求を認容した第一審判決を取り消し、Xらの請求を棄却した。
 だが、本判決は、原審の右判断を是認できないとして、次のとおり、破棄自判した。
 「新株発行に関する事項の公示(商法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知)は、株主が新株発行差止請求権(同法二八〇条ノ一〇)を行使する機会を保障することを目的として会社に義務付けられたものであるから、新株発行に関する事項の公示を欠くことは、新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合でない限り、新株発行の無効原因となると解すべきである(最高裁平成五年(オ)第三一七号同九年一月二八日第三小法廷判決・民集五一巻一号七一頁参照)。
 これを本件についてみるに、前記事実関係に照らせば、(一)Aは、本件新株発行についてCに他言しないように頼み、当時発行済株式の総数の過半数を所有していたXらに通知しないまま本件新株発行を行っているが、これはXらに秘匿して行ったものといわざるを得ないこと、(二)本件新株発行により、Xらの持株は過半数を割り込むことになり、他方、Aの持株は過半数を上回ることになって、Yに対する支配関係が逆転すること、(三)本件新株発行が取締役会で決議されたのは、商法の一部を改正する法律(平成二年法律第六四号)の施行日である平成三年四月一日の直前の同年三月二九日であって、もし右施行日後に右決議がされていれば、株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定款の定めのあるYの株主であるXらは新株引受権を有することになったはずであること(同法附則一四条、商法二八〇条ノ五ノ二)、(四)新株の払込期日は右決議の約二箇月も先である同年五月二三日と定められており、新株発行により増資されても、それが直ちに株式会社の運転資金を調達したことにはならず、Yが本件新株発行を決議した当時、その公示をしないで本件新株発行を急がねばならないほど資金を緊急に調達する必要があったとはいい難いこと等の事情が存することが明らかである。右によれば、本件新株発行は「著シク不公正ナル方法」(同法二八〇条ノ一〇)によるものではないとは到底いえず、差止めの事由がないとは認められないから、前記の通知又は公告を欠く本件新株発行には、無効原因があるというべきである。」

3. 平成一〇年判決は、平成九年判決を引用し、折衷説をとることを明らかにしている。本判決が折衷説をとること自体は、平成九年判決から当然に予想されていたところであった。この点に関する本判決の意義は、折衷説の立場を確認したところにある。平成九、一〇年判決により、少なくとも実務上は、公示の懈怠が原則として、新株発行無効事由になることが明らかになった。筆者は、以前別稿において、折衷説が支持されるべきことを論じたことがあるので、本稿においてはこの点については再論しない*10。
 そこで次に問題とされるべきは、折衷説のいう「新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合」とは何かである。
 この点、本判決は、前記(一)〜(四)の各事実を認定し、これらから、「本件新株発行は「著シク不公正ナル方法」(同法二八〇条ノ一〇)によるものではないとは到底いえず、差止めの事由がないとは認められない」と結論付けている。
 これらの各事実から、果たして、最高裁のいうとおり、著しく不公正なる方法によるものとは「到底」いえないと認定できるかについては、個別的には異論がありうるところではある*11。しかし、ごく大雑把にみれば、(二).支配関係の逆転といった事情と(四).資金調達の必要性という事情を合わせて考え、「著シク不公正ナル方法」かどうかを判断していると理解することができる。このようにみると、この判断枠組みは、新株発行差止請求権(商法二八〇条ノ一〇)における「著シク不公正ナル方法」の認定基準と同じであると考えることができる。
 したがって、差止仮処分の問題も、公示義務違反の問題も、要件論である「著シク不公正ナル方法」をどう認定するかという問題に収斂していくわけである。このことは、両者は問題の現れ方が異なるだけであるということを示している。結局支配争奪目的の新株発行から株主をどう保護するかは、右認定基準いかんにかかっていると言っても過言ではない。
 ただ、両者は、紛争の対象たる会社の規模を異にしている。すなわち、新株発行差止仮処分が問題となる事例は、閉鎖的株式会社の場合もあるであろうが、忠実屋・いなげ屋事件(東京地裁平成元年七月二五日判決判タ一三一七号二八頁)にみるごとく、公開会社の場合もありうる。否、むしろ、公刊物で見る限り、公開会社における支配権争奪事例の方が多いといえる*12。これに対し、公示義務違反が問題となる事例は、そのほとんどが閉鎖的株式会社である。筆者は、かつて別稿において、公示義務違反の新株発行の効力が問題とされた下級審裁判例(ただし公刊物記載のもののみ)について若干の検討を加えたことがある*13。それによると、右裁判例のほぼ全てが閉鎖的株式会社における支配権争奪事例であった。つまり、新株発行が用いられる支配権争奪紛争であっても、公開会社においては、新株発行差止仮処分、閉鎖的株式会社においては、公示義務違反による新株発行無効の主張というごとく、問題の現れ方が異なってくるわけである。
 したがって、結局は、不公正発行の問題に収斂するとしても、公示義務違反の場合においては、紛争の舞台が閉鎖的株式会社であるという特質から、別途の考察が必要であると考える。そこで、この観点から、従来、差止仮処分の場合を念頭において議論されてきた「不公正発行」の問題を、公示義務の場合に応用できるよう再検討する必要があろう。これが、本判決の提起した、残された問題である*14。この点に関しては、はじめに指摘したとおり、次の二点を問題としたい。
 先ず、第一点は、不公正発行の認定基準をどのように考えるかである。これは、従来から、学説上議論がなされてきたところである。
 第二点として、その立証責任である。この点については、認定基準に関連して、言及がなされることがあったものの、あまり意識的に論じられてきたとは言えないのではないか*15。これらについて、以下若干検討していく。
 なお、この他に、なぜこのように、会社の性質により、紛争の現れ方を異にするのかという点も当然に問題となる。この点については、さまざまな理由があろう*16。ただ、その原因の一つとして、現行の公示制度自体に問題があることを指摘しておきたい。この点については、最後に立法論的検討をする際に再論する。

三.解釈上の問題点

1.著しく不公正なる方法の認定基準
 「著シク不公正ナル方法」の認定基準の問題は、支配権争奪の場合において取締役の取りうる行為基準という観点から主に議論がなされてきた。すなわち、右場合において、取締役は、あえて割当自由の原則を貫き新株発行をなしうるのか、それとも、株主間において支配権が熾烈に争われる場合、取締役は、機関相互間の権限分配秩序の観点から、当該新株発行を差し控えるべきなのか、と。
 この点について、判例は、従来から、新株発行の主要な目的を基準として不公正発行にあたるか否かを判断する。すなわち、たとえ資金調達目的があっても、他方に会社の支配権を強化・維持する目的がある場合、前者と後者とを比較し、後者の目的が主要である場合には、不公正発行にあたるとする。これを主要目的理論といい、通説の立場でもある。主要目的理論は、新株発行にあたり主要目的を問うことにより、取締役の新株発行権限と株主の保護の調整を図ろうとする試みであるとみることができる。
 しかし、主要目的理論に対しては、批判が根強くなされている。すなわち、企業は、常に事業計画や資金需要を有しているから、常に資金調達目的は認められる。加えて、新株発行は会社や株主にとって最も有利な資金調達方法であるから、通常資金調達の目的が主要と認められよう。したがって、主要目的理論は、買収等から経営側の自由を確保するための新株発行を広く認めるための理論として機能してきた、と*17。
 そこで、近時、株主間の支配権争いに介入する新株発行を不公正発行にあたるとする学説も有力である。学説により多少のニュアンスの差はあるが、この見解は、おおむね「機関の権限分配秩序」をその根拠とする。すなわち、業務執行上新株を発行する合理的理由がある場合でも、この争いに影響を与えるかぎり、機関の権限分配秩序に違反してその発行は不公正発行となる、とするのである(便宜上「権限分配説」とする。)*18。この見解は、認定基準をより客観化しようとする試みであるとも評価することができる。
 さらに、最近では、主要目的理論に代わる新たな判断枠組みを提示しようとする学説も有力である。その一つが、この問題を「割当先の選択そのものの合理性を問うことによって解決」すべきとする見解である*19。すなわち、取締役に対し認められている割当先の選択(割当自由の原則)権限は、善管注意義務・忠実義務に服する。不公正発行か否かの問題は、結局、取締役のこの権限の濫用か否かの問題に過ぎない。不公正発行か否かの判断は、総合的判断であり、割当先の選択と共に、「資金調達の要否・程度、第三者割当とすることの合理性、その時期、いわゆる相互発行か否か、他の目的(業務提携・企業救済など)の有無・内容」などすべての要素を総合勘案して、取締役がその割当権限を濫用していることが明確であるか否かを判定すべきであるとする。そして、新株発行については、経営判断の原則が適用されると説く。
 思うに、資金調達の必要性はいかようにでも理屈付けられるとの主要目的理論に対する批判はまことに正当である。しかし、反対説である権限分配説にも相当の問題があるようにも思われる。この説によると、支配権が熾烈に争われているときには、機関の権限分配秩序の観点から、取締役は、中立的立場に立つことが要請され、増資をなし得ない、と説く。確かに、理屈にはあっている。しかし、中立と言うことは、まさに「言うは易く、行うは難し」である。両方から中立であると言うことは、両方から敵になるに等しい。特に、閉鎖的株式会社における支配権争奪のような一種「人格訴訟」的紛争の場合に、取締役に、紛争の中にいて、しかも両方の敵になれというのは、実務上なかなか受け入れがたい基準なのではなかろうか。つまり、この説も批判を免れない。
 私には、両説とも「帯に短し襷に長し」の状態にあるように思われる。
 この点について、実務的にみて、「理屈の問題は措いて、裁判所の判断の決め手は、増資先の「身元」の確かさに尽きている」、との指摘もなされている*20。案外、実務的な「落しどころ」はこのあたりにあるのであろう。前記の「割当先の選択の合理性」で判断しようとする説は、右実務感覚を理論的に表現しようとする試みと評価できる。この説も実務家の手になるものである。私も、さしあたり現時点の評価としては、この説が比較的穏当ではないかと考えている。
 ただ、全ての要素を総合勘案するというだけでは、基準として曖昧に過ぎよう。主要目的理論の下においても、この説があげる要素を考慮することは可能と思われるからである。今後は、緻密な要件設定が議論されるべきであろう。
 この点本判決においては、前述のごとく、判旨(一)〜(四)の事実から、本件新株発行が「著シク不公正ナル方法」によるものではないとは到底いえないと判示しているのみである。ただ、資金調達の目的があったとは言い難いとの判示を見る限り、主要目的理論を採っていないとは言い難いであろう。

2.不公正発行の立証責任
 ところで、前述のごとく、支配権争奪目的で新株発行がなされる場合、株主の保護は、結局「著シク不公正ナル方法」が立証できるかにかかっている。そうであるとすれば、立証責任、要件事実という観点からの検討も必要であろう。
 本稿ではそれを通説である主要目的理論を素材に、若干ではあるが試みたい。
 検討にあたって、前提の議論を整理しておきたい。要件事実、立証責任については、民事訴訟法学上、幾つかの論点について、様々な学説が対立している。ただ、ここでは、実務上一般的である考え方を前提に検討していく*21。すなわち、立証責任の分配については法律要件分類説に立ち、主張責任と立証責任は常に一致し、規範的要件については、それを基礎付ける事実が主要事実になるという前提に立つ。
 さて、不公正発行の立証責任については、認定基準の問題に比べ、従来からあまり活発に議論がなされてきたとはいえない。加えて、議論の前提とされてきたのは、主に新株発行差止仮処分の場合をめぐってであった。そこで、先ず差止仮処分の場合における従来の議論をごく簡単に整理する。
 前述のごとく、「著しく不公正な方法」という規範的要件については、それ自体が主要事実になるのではない。主要事実は、それを基礎付ける具体的事実である。ただ、具体的事実としては、当該新株発行が「著しく不公正な方法」であることをプラスの方向に基礎付ける事実と、逆に、マイナスの方に、当該新株発行が「著しく不公正な方法」であるとの評価を障害することを基礎付ける事実とがありうる。
 前者としては、「従来から経営支配力争奪をめぐって紛争が存在したこと」、「新株発行によって取締役側の持ち株比率が上昇すること」などの事実が考えられる*22。後者としては、なんといっても「資金調達の必要性」*23であろう。
 さて、主要目的理論の骨子は、資金調達の必要性と取締役の支配目的とを比較するところにあった。そして、資金調達目的は、前述のごとく、評価を障害する事実である。したがって、主要目的理論を要件事実的に検討する際、一番問題となるのは、この資金調達目的という事実の評価である。
 この点について、一つの考え方としては、借地借家法の「正当事由」と同様に、評価根拠事実を債権者(原告)に、評価障害事実を債務者(被告)に分配する見解がありうる。これは、司法研修所における要件事実教育の内容を、この問題に応用するものといえよう。
 これに対し、もう一つの考え方としては、間接反証を応用する考え方がありうる。すなわち、まずこの説は、株主の新株引受権を原則として排除し、会社の資金調達を原則として取締役会の裁量に委ねる現行法の下では、新株発行を不公正なものとして差し止めるためには、これを主張する者において相当程度の立証の負担を負うことはやむをえないという価値判断にたつ。その上で、支配権争奪関係が存在する下で経営支配権の帰趨に影響を及ぼす規模の新株発行が行なわれたときは、取締役の経営支配力維持・獲得目的が事実上推定され、その場合、取締役は右推定を妨げる事実について反証の負担を負う、とする。*24。両説の違いは、資金調達の必要性の位置付けである。前説によれば、資金調達の必要性が本証として債務者である会社の立証負担となるのに対し、後説によれば、あくまでも反証にとどまる。したがって、株主の立証負担の軽減ということを考えると、前説が一歩優れていることになる。
 では、本判決のごとき、公示義務違反の場合にはどうなるか。ここで、注目されるべきことは、差止仮処分の場合とは、立証責任が逆転することである。本件の場合には、被告である会社側が、差止事由の不存在を証明することになるのである。
 したがって、前説が差止仮処分の場合において、株主保護にとり有利であったことが、公示義務違反の新株発行の場合には、逆に不利に働くのである。
 公刊物を見る限り、差止の場合に、資金調達目的があればほとんど認められない(前述のとおり、それが本証か反証かの争いはあろうが)のと対照的に、本件のような公示義務違反場合は、ほとんどの場合、差止事由の不存在は認められていない。つまり、折衷説は、会社にかなり重い証明責任を課することになるのである。
 株主保護という観点において、両者は裏腹の問題である。両者がパラレルである必要があるのか否かをも含めて検討が必要かもしれない。

四.立法論的検討

1.公示制度
 以上の解釈論は、支配権争奪のための新株発行がなされる場合において、株主が、公示義務違反を理由として新株発行を提起する、ということを前提にしていた。すなわち、右前提の下で、株主を保護するためにどう法文を解釈すべきがが問われていた。
 しかし、よく考えてみると、右前提は、支配権争奪のための新株発行がなされる場合においては、公示義務が守られない、ということを意味している。
 現行の公示義務制度(商法二八〇条ノ三ノ二)は、会社に対して新株発行の効力発生前に一定の新株発行事項を公告するか、又は株主に対して通知すべきことを命じている。 ここで、本条の立法趣旨をみてみる。本条は、株主に対して新株発行差止請求権(商法二八〇条ノ一〇)を行使すべきか否かにつき判断資料を提供するという趣旨から、昭和四一年商法改正において新設された規定である*25。従来、新株発行に関して株主に開示する制度は、新株発行後に変更登記をすること(商法一八八条二項五号、六号、同条三項、六七条)を除けば、皆無であった*26。これでは、せっかくの新株発行差止請求権の意義が全く没却されてしまう。そこで、本条は、かかる事態を是正し、新株発行差止請求権の実効性を図るべく、規定された。
 しかし、前述のごとく、支配権争奪の場合において、公示義務は守られていない。確かに、事後的に公示義務違反の新株発行を無効とすることで、公示義務の実効性を解釈論的にはかることは可能であり、また必要でもある。しかし、翻って考えるに、守られない制度自体にも問題があるのではなかろうか。
 現行の公示義務は、前述のとおり、会社が公告か株主への個別通知かを選べるシステムになっている。加えて、公告は、官報または時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙に掲げてこれをなすとされている。
 この現行のシステムは、少なくとも、@.公告という制度を採用していること、及びA.会社に、公告か株主への個別通知かの選択肢を与えていること、の二点において疑問であると考える。公告制度は、その違反がわずか百万円の過料に過ぎない上(商法四九八条二号)、過料制度の不備*27ともあいまって、商法中もっとも守られない規定のひとつと評されている。つまり、公告という制度自体がもともと多くの立法的な不備を含んでいるのである。それだけではない。そもそも官報に掲載したところで、株主がそれを知りうるであろうか。公告という制度が採用されたのは、多数の株主への個別通知を要求するのは、大量迅速・画一的処理の要請に反するからである*28。つまり、公告制度は、もともと株主数の多い公開会社を念頭に置いた制度なのである。然るに、前述のごとく、公示義務違反が問題となるのは、専ら閉鎖的株式会社においてである。かかる閉鎖的株式会社の株主に官報や時事に関する日刊新聞紙の記載を絶えず見張っていろというのは、あまりにも紛争の実体からかけ離れている。しかも、現行法は、会社に、前述の選択肢を与えている。通常会社は、公告を選択するであろう。したがって、もしも仮に公示義務が守られていたしても、もともと、差止の機会の保障という立法趣旨の達成は覚束ないものなのである。
 したがって、公示制度の趣旨を貫徹するためには、公告制度の利用は、公開会社に限り、閉鎖会社、なかでも譲渡制限のない閉鎖会社については、公告ではなく、株主への通知を義務付けるべきであると考える。
 この点は、つとに指摘されてきたところである。問題は、通知を義務付ける会社の範囲をどのように絞るかである。学説の中には、株主の数を基準として、その数を問題にするものが多い*29。株主の数で決定すること自体は、例えば株主総会招集通知への参考書類の添付(監査特例法二一条ノ二)や議決権の書面による行使(同法二一条ノ三)の規定のごとく、既に商法学上前例のあるところでもある。
 しかし、私は、株式の数でなく、株式に取引所の相場のない会社においては、株主への直接の通知を義務付ける規定を置くべきではないかと考える。前述のごとく、この問題は、閉鎖会社固有の問題であり、閉鎖会社における支配権争奪を防止するという観点からは、株主の数は関係ないからである。また、株式に取引所の相場があるかどうかというのは、公開会社と閉鎖会社の区別の一番のポイントでもあり、基準としても明確である。それに、このような基準の立て方自体、例えば、ストックオプションに関する規定(商法二一〇条一〇項)のように、既に商法上前例のあるところでもある*30。
 これに対しては、会社の事務量の増大、新株発行に際してのコストの増大を理由とする批判が考えられる。しかし、印刷等の技術の発達した現在では、会社の事務量をさほど心配する必要はない。また、コスト増大についても、閉鎖会社でありながら、株主割当をせず、第三者割当をあえて行う以上、それに伴うコスト増は甘受してしかるべきであろう*31。

2.新株引受権の付与
 支配権争奪のために、新株発行が利用されるのを防止するという観点からは、公示制度の改正だけにはとどまらない。より、根本的には、株主に新株引受権を原則として認めない現行法制そのものの見なおしが必要ではなかろうか。現行法は、譲渡制限のある閉鎖会社についてだけ、株主の新株引受権を法定する(商法二八〇条ノ五ノ二)。それを拡大し、原則として、全ての会社に対し、株主に新株引受権を法定すべきと考える。
 私は、新株発行が支配権争奪のために利用されることになった根本の原因は、昭和二五年改正にあると考えている。同改正により、株主に新株引受権が保障されなくなったことから、新株発行を取引行為に準じるという学説が生まれ、それが新株発行無効事由を極度に狭く考える現在の通説を形成した。そして、取引行為ということから、「取引の安全」が一人歩きし、閉鎖会社の場合でも、取引の安全の観点から新株発行の無効をほとんど認めないという考え方につながっていった。その一つの到達点が平成六年判決であると理解できる。「取引の安全」が一人歩きしてしまう例は、既に手形法の世界にも見られるところである*32が、ここでもそれと同様の問題があるのではなかろうか。閉鎖会社を念頭に、悪意の取得者に対しては、新株の発行の無効を主張しうるという相対的考え方が、先の「通説」を形成した学者から唱えられたこと自体*33、もともとの法制に問題があることを示しているといえよう。そうであるとすれば、新株引受権を全ての株主に法定することによって、問題を根本的に解決してしまった方がより合理的ではないかと考える。既に、私たちは、譲渡制限のある閉鎖会社において、新株引受権の法定が支配権争奪の問題を解決することを知っている*34。

五.結びに代えて

 以上、平成一〇年判決を題材に、支配権争奪と新株発行の問題を検討してきた。その結果、本稿の結論としては、「昭和二五年改正前に戻れ」ということになってしまった。
 本稿は、実務を議論の前提としたいという筆者の姿勢ゆえに日本法のみを検討したものとなり、比較法的考察が欠落している。これが今後の筆者の課題となる。これからは、視野を海外にも広げ、海外の実務をも踏まえた比較法的研究にも取り組んでいきたい。




*1本文に述べたほかにも、取締役に対する損害賠償請求権と新株発行不存在の訴えとがありうる。しかし、これらは、出訴期間の経過等の事情により、新株発行無効の訴えを提起できないための代替的な手段である。したがって、本稿ではこれらには触れない。これらについては、他日本格的な検討を予定している。
*2新株発行の効力を争う手段としては、本文にあげた以外にも、注(1)指摘の新株発行不存在の訴えが考えられる。しかし、この訴えについては、法文がこのような訴えの形態を予想していないため、そもそもこのような訴えが許容されるのか、その訴えの法的性質は何か、当事者適格、出訴期間等にわたり、解釈論上検討すべき課題が多い。なお、新株発行不存在の訴えについては、近時最高裁判所の判決(最高裁平成九年一月二八日判決(民集五一巻一号四〇頁))が出た。この判決の評釈として、拙稿・司法研究所紀要第一〇巻一六七頁及びそこで引用されているものを参照。
*3拙稿「商法上の差止仮処分の実効性について(一)〜(三・完)」本誌六二巻三号(平成八年)一四七頁、六三巻二号(平成九年)九三頁、六四巻一号(平成一〇年)一一九頁。
*4平成一〇年判決については、一度判例評釈の形で検討を加えたことがある(拙稿・本誌六四巻四号一三九頁)。ただ、そこでは、判例評釈という制約上、立法論的検討までは及ぶことができなかった。そこで、本稿では、改めて、この判決を素材として立法論的検討を中心に考察することにしたい。
*5これらの判決の間の整合性については問題のありうるところである。この点については、前注(4)記載の拙稿・本誌六四巻四号一四四頁以下を参照されたい。
*6この判決に関する文献については、前注(三)記載の拙稿及びそこで引用されているものを参照されたい。
*7本判決の評釈としては、坂田桂三=松嶋隆弘・本誌六一巻二号二〇七頁及びそこで引用されているものを参照。
*8拙稿「公示義務違反と新株発行の無効原因」法学紀要第四〇巻(平成一一年)二四五頁、なお、平成一〇年判決について論じた文献としては、青竹正一「新株発行事項の公示を書く新株発行の無効と不公正発行の判断基準(上)(下)」判時一六五八号(平成一一年)一九六頁、一六六一号一六四頁以下並びに前注(4)記載の拙稿及びそこで引用されているものを参照されたい。
*9最近では、立証責任、挙証責任に代えて、証明責任という語を用いるのが一般的である。しかし、後に述べるように、疎明責任の分配の問題も含ませるために、ここでは、立証責任という語を用いることにしたい。
*10前注(8)記載の拙稿法学紀要を参照されたい。
*11たとえば、(三)については、本件新株発行時には、まだ平成二年改正法が施行されていなかったのだから、平成二年改正法とのバランスを考える必要はないとの考え方も当然ありうるであろう。また、(四)についても、本判決のあげる、資金調達の「緊急性」という事情は、単に資金調達の必要性のみを挙げてきた従来の判例のラインと整合するのかとの問題も指摘できよう。
*12最近の事例としては、東京地裁平成一〇年六月一一日決定資料版商事法務一七三号一九二頁をあげることができる。
*13前注(8)記載の拙稿法学紀要二五八頁を参照。
*14この点につき、平成二年改正により定款に株式の譲渡制限の記載のある株式会社において、株主の新株引受権が法定されたことを理由に、本判決の先例的意義は大きくないとする考え方もあろう。確かに、かかる閉鎖的株式会社においてはそのとおりである。しかし、譲渡制限のない閉鎖会社、公開会社においては、依然として問題は残されており、このような会社においては、本判決は先例として大きな意義を有している。山口和男・判タ一〇〇五号二〇五頁は、平成一〇年判決について、「比較的小規模の公開会社における会社内部の主導権争による新株発行の場合に指導的役割を果たす」とされる。
*15筆者の知る限り、意識的にこの問題を中心に論じた文献としては、河和哲雄「新株発行差止訴訟と挙証責任」木川古希祝賀『民事裁判の充実と促進』(平成六年)二五九頁
*16例えば、コストの問題である。新株発行差止仮処分は、短期間の間に証明に準ずる高度の立証の準備をしなければならないことなどから、事実上単独ではなしえず、弁護士の関与が不可欠である。しかし、そのための専門的な能力を有する弁護士を用いるコストは、小規模の閉鎖会社には負担しきれないであろう。
*17四宮章夫・藤川義人「敵対的買収と新株発行」今中還暦記念『現代倒産法・会社法をめぐる諸問題』(平成七年)六四四頁。
*18森本滋「新株の発行と株主の地位」法学論叢一〇四巻二号(昭和五三年)一六頁以下、志村治美「支配争奪と新株発行」本間・山口還暦記念『企業法判例の展開』(昭和六三年)二五一頁以下など。
*19河合伸一「新株発行差止の仮処分」中野貞一郎・原井龍一郎・鈴木正裕編『民事保全講座3』(平成八年)二五五頁以下
*20筆者は、ある実務家から、忠実や・いなげ屋事件と宮入バルブ事件の結論の差異は、新株の割当先の「身元の確かさ」に起因する、との指摘を受けた。ちなみに両判決について論じたものとして、豊泉貫太郎「秀和事件と宮入バルブ事件の比較検討」企業会計四一巻一一号(平成元年)七六頁以下。
*21少なくとも、本稿に関連ある限度だけで次の諸問題がある。
@.立証責任の分配の基準をどのように考えるか。
A.主張責任の分配と立証責任の分配とは常に一致するか。
B.規範的要件においては、何が主要事実となるのか。
 また、新株発行差止請求権は、仮処分によりなされるので、C.保全処分における疎明責任の分配は、立証責任の分配に一致するか、という問題も検討されなければならない。これらの諸論点について、詳細に検討していくことは本稿の射程を超える問題である。ここでは、裁判実務上一般的に採られている立場を前提として、検討していく。すなわち、@.については、法律要件分類説に従い、A.については、両者は常に一致し、B.については、規範的要件を基礎付ける事実が主要事実になるという前提に立つ。また、C.についても、新株発行差止仮処分の場合に限っていえば、疎明責任の分配は、立証責任の分配に一致するといってよいであろう。なぜなら、新株発行差止仮処分は、いわゆる満足的仮処分であり、且つ、必要的審尋がなされるからである。
*22大江忠『要件事実商法中巻』(平成九年)一七〇頁
*23大江・前掲書一七〇頁
*24河和・前掲論文二七四頁。
*25森本滋『新版注釈会社法(7)』(昭和六二年)一三五頁。
*26ただ、当時でも、上場会社については取締役会決議の公告が慣例として行われていたので、その限度では、株主に対する開示はなされていたといえる。ただ、それはあくまで慣例にすぎず、制度の問題としては不備だったといわざるをえまい。森本・前注(25)記載の文献一三六頁。
*27拙稿・前注(3)記載の本誌六四巻一号一三五頁以下参照。
*28味村治『改正株式会社法』(昭和四二年)一八一頁。
*29鈴木竹雄「新株発行の無効再論」商事法務九九八号(昭和五九年)五頁、浜田道代「閉鎖会社における第三者割当増資」商事法務一一九一号二五頁。なお中東正文・法教二〇一号一一九頁は、本文で述べた「株主の数」につき、公告の費用が、官報で四〜一〇万円程度、日本経済新聞の全国版で五六万円からとされているところから、これを一株主あたりの通知の費用で除した数を目安として、算定することを提案される。
*30ただ、だからといってストックオプションに関する平成九年法改正を妥当であると考えているわけではない。
*31ある意味では、閉鎖会社における割当自由の原則は事実上一定の制約を受けることになろう。ちなみに公開会社においても割当自由の原則が制約されるべきことが議論されている(上村達男「公開株式会社法理の構築へ向けて」商事法務一五三五号(平成一一年)三七頁)。割当自由の原則の妥当領域について、今後の検討が望まれる。この点は他日に期する。
*32実際に流通しない手形において、取引の安全を過度に強調することが危険であることはつとに指摘されているところである。稲田俊信『手形法小切手法講義』(平成元年)はしがきを参照
*33鈴木竹雄「新株発行の差止と無効」菊井献呈『裁判と法下』(昭和四二年)一一六四頁以下。
*34なお、山本真知子「閉鎖会社と新株発行」慶応義塾大学大学院法学研究科論文集三七号(平成八年)六四頁は、公開会社の株主に対しても新株引受権を法定すべきとしつつ、「閉鎖会社に比して、より資金調達の機動性が要請される公開会社においては、株主総会の決議要件は閉鎖会社の場合よりは緩和し、定款で定足数の排除が認められる通常決議にする」旨提言される。
Note