ヴァーチャル株主総会再論(On the "Virtualization" of Shareholder's Meeting)     
松嶋隆弘



一.はじめに
二.株主総会の形骸化の原因とそれに対する評価
三.株主総会のIR機能とヴァーチャル株主総会
四.結びに代えて




一.はじめに

 平成13年11月21日の商法改正(平成13年法律第128号,129号)は,会社法のIT化*1につきいくつかの改正をなした。それらは,平成13年4月18日に法務省民事局参事官室より公表された「商法等の一部を改正する法律案要綱中間試案」(以下「中間試案」という。)*2が,商法改正の視点の一つとして,高度情報化社会への対応をあげたことを受けたものである。しかし,中間試案が検討事項(第二十五の注5)として掲げたテレビ会議システムを用いた株主総会(ヴァーチャル株主総会)は,今回は導入されなかった。ヴァーチャル株主総会の提案は,他と異なり,株主総会自体をヴァーチャル化しようとするものであり,株主総会のIT化の核心ともいいうる。ただ,株主総会をヴァーチャル化する場合,株主総会の機能自体がこれまでと大幅に変わる可能性もある。したがって,単に技術的にどこまでヴァーチャル化が可能かを検討するだけではすまない。株式会社のガバナンス構造の中における株主総会の位置付けを見定めた上で,どこまでIT化できるかが検討されなければならないと考える。
 ところで,株主総会については,意思決定機能,監督機能があるとされながらも,つとにその形骸化が指摘されてきた。昭和56年の商法改正は,株主総会の活性化をその柱の一つとするものであった*3。しかし,右改正後も依然として株主総会の形骸化は続いている。そして現在,「株式会社は誰のものか」という株式会社主権者論と絡み,株主総会のあり方が議論されている。他方,一連の企業不祥事の教訓からか,「開かれた株主総会」が提唱され,株主総会のIR化が実務上提唱されている。このように,株主総会をめぐっては,理論上も実務上もそのあるべき姿が模索されている*4。したがって,株主総会のヴァーチャル化も,右の議論を踏まえたものでなければならないと考える。
 この点につき,筆者は,ヴァーチャル株主総会に関し,すでに別稿*5で論じたことがある。しかし,そこでは掲載誌の性格・紙面の制約などの事情から,株式会社主権者論との関わりについて論じることができなかった。そこで,今回は,上のような問題意識から,株主総会の位置付けとその機能を検討した上で,イギリスにおける議論を若干の手がかりとしつつ*6,株主総会のヴァーチャル化がどこまで可能か,かつ妥当かについて、再び検討することにしたい。本稿は、別稿において割愛された部分を補足して、書き改めたものである。「再論」と題する所以である。
 なお,あらかじめお断りしておきたいのは,本稿が対象とする株主総会のヴァーチャル化は,あくまでも公開会社・大会社を対象とするものであって,閉鎖会社・中小会社を対象としてはいないことである。閉鎖会社・中小会社においては,株主総会形骸化の原因をはじめ,本稿で議論することはほとんどあてはまらず,別途検討が必要であると考える*7。この点は,今後の課題としたい。

二.株主総会の形骸化の原因とそれに対する評価

1. 株主総会は,昭和25年の商法改正において,決議事項が「本法又ハ定款ニ定メル事項」(商230条ノ10)のみに限定された結果,もはや万能機関ではない。しかし,株主総会は,依然として株式会社における最高機関と解されている。そしてそのことから株主総会には,意思決定機能,監督機能があるとされる。
 ただそもそも一体なぜ株主総会は株式会社における最高機関なのであろうか。条文の解釈論としては,「本法又ハ定款ニ定メル事項」が取締役の選解任などいずれも株式会社の重要な決定事項であるからと説明されよう。しかし,これだけでは,なぜ「本法又ハ定款ニ定メル事項」がいずれも株式会社の重要な決定事項なのかの説明にはなっていない。この問題は,「株式会社は誰のものか」という株式会社主権者論にさかのぼって考えられなければならない。
 まず,株式の本質論からみていこう。株式会社主権者論については,かつては株式本質論,企業の社会的責任論という具合に手を代え品を代え,同じ議論が繰り返されてきた。ここでこの問題についてごく簡単に振り返ってみたい。
 かつて株式の本質については,はなばなしい議論がなされた。株式の本質について,通説である社員権説は,株主を自益権・共益権からなる社員権であると把握した。これに対して,共益権は選挙権に比すべき公権であるとする社員権否認説やさらにそれを発展させた株式債権説,株式会社財団論など多くの学説が有力に主張された。しかし,これらの議論は,その主張者以外に有力な支持を得られず,社員権説の通説的地位は,異論はありながらも*8揺らぐことがなかった。社員権説によれば,株主の地位(社員権)とは,結局のところ共有であり,自益権は共有の収益的機能,共益権は共有の管理機能のそれぞれ変形物であると理解することになる。このように社員権説は,株式会社は株主の実質的所有物として把握する。その結果,株主総会は,株式会社の実質的所有者である株主団体として理論上当然に最高意思決定機関であり,最高機関である株主総会が理論上当然に取締役,監査役の選解任権を有することになる。ここから株主総会には意思決定機能,監督機能があるとされる。このように社員権説は,株主の所有を基点として一元的に把握する。このことから所有者的企業観と呼ばれることもある*9。

2. 所有者的企業観によると,理論的には,所有者団体である株主総会はその意思決定機能,監督機能を十全に発揮し,会議体として活性化されることが期待されることになる。しかし,これまでの株主総会の現実は必ずしも,右の期待に沿うものではなかった。むしろ現実は,その逆であったといえよう。すなわち,株主総会に関しては,「シャンシャン総会」などと揶揄されるように,従来からその形骸化が指摘されてきた。形骸化の理由としてはいわゆる総会屋の存在などさまざまな理由が挙げらている。ただそれらのなかでも,会社相互間における株式の持ち合い(相互保有)が株主総会形骸化のもっとも大きな原因の一つであるとされてきた。そして株主総会の形骸化を防ぎ,その活性化を図るべく,株主総会の活性化に真正面から立ち向かおうとしたのが,昭和56年の商法改正であった。昭和56年商法改正は,相互保有規制(商241条3項),利益供与の禁止(商294条ノ2,497条),議長の権限の強化(商237条ノ4)といった総会屋対策,取締役の説明義務(商237条ノ3)などの規定を新設し,株主総会の復権を図った。このように昭和56年商法改正は,規定をみるかぎり,株主総会の活性化を図るべく,かなりきめの細かい法規制をなしている。現行法の規制は,その条文だけをみるかぎりかなりよくできているという指摘もあるくらいである*10。
 しかし,このような立法の努力にもかかわらず,株主総会の形骸化は今日に至るまで依然として続いてきた。しかも,形骸化の最大の原因であるとされる相互保有が解消されつつある現在においても,株主総会の活性化は図られていない。このことから,ありていにいえば,昭和56年改正の意図は失敗したといっても決していいすぎとはいえまい。そして,そのことは昭和56年改正が理論モデルとした所有者的企業観が理論モデルとしてあまり有効でないことを示唆していると思われる。

3. そこで株主総会の形骸化の原因についてもう一度考えてみることが必要となる。すでに述べたとおり,所有者的企業観は,所有者団体である株主総会は理論的には活性化すべきであり,その現実の形骸化は憂うべき事態であると評価する。そして,さまざまな手段で株主総会を活性化させ,その意思決定機能,監督機能の復権を図ろうとする。しかし,翻って考えるに,そもそも株主総会の形骸化とは,そのような憂慮すべき事態であろうか。考えるべきポイントは,さしあたり@.株主総会の決議事項の僅少性,A.会議体という意思決定システムの有効性,B.外国人株主の存在*11の三点である。以下各別にコメントする。
 まず,@.に関し,昭和25年改正の下で,総会の決議事項が縮小されたことについては,すでに述べた。実際のところ,現行法のもとにおける定時株主総会の決議事項は,役員の選任と計算書類の承認だけといってよい。さらに中間試案は,大会社について右のうち計算書類の承認を株主総会の決議事項からはずす旨を提案している(第十八の一1)。
 もしも中間試案のとおり立法化されれば,株主総会の決議事項は原則として役員の選任だけということになる。このように極度に決議事項が少なくなりつつあるなかで会議体としての株主総会の活性化を議論することはナンセンスではあるまいか。確かに,一般論として会議のテーマを絞ることで,会議体の議論が活性化するということはありうる。しかし,右の株主総会の決議事項は,その限度を超えているものと思われる。
 次に,A.についてである。これは,株主総会というシステム自体が,もはや現代には適合しなくなっているのではないかという疑問である。すなわち,商法が株主総会を重要視しているのは,株主総会以外に議案についての説明を受けたり,意見を述べるといった機会がなかった時代の名残であるのではなかろうか*12。株主総会に実際に出席する株主は,全株主数の約1パーセント程度にすぎず,しかも現実にはほとんどの株主総会においては,書面投票により,株主総会開催前にすでに事実上議案は可決されているのが実態であるとされている。このように株主総会前にすでに事実上議案が可決されているとすれば,株主総会は単なるセレモニーにすぎないことになろう*13。セレモニーの重要性を否定はしない。しかし,セレモニーにしかすぎないものを,あたかも意思決定機能,監督機能があるかのごとく扱うのは,過剰な「装飾」ではあるまいか。
 最後に,B.であるが,これは,マーケットが拡大し,外国人投資家の存在も無視できない現在において,本店所在地に株主を集めて議論するシステムが果たして合理的かということである。すでに,外国企業とのジョイント・ベンチャーに関し,日本と外国とで1年おきに,場所を変えて株主総会を開催することを認めるべきではないかとの提案もなされてきたところでもある*14。
 ちなみに株主総会の形骸化に関し,ある見解は*15,大規模公開会社においては理論上当然に株主総会は形骸化すると説く。この説によれば,株式はたえずマーケットにおいて流通しているのだから,株主総会における株主とは,一定の基準日に株式名簿に記載されている「流通市場における一瞬の静止画像」にすぎず,そのようなものを集めて議論したところで,会議が活性化するわけではないとされる。すなわち,マーケットが大きくなればなるほど,株主総会は理論上当然に形骸化するとされるのである。この説の当否は別として,近時では株主総会の活性化をはかるべきとする見解*16はあまり見当たらない。むしろ学説は,会議体としての株主総会でなく,個々の株主権の充実を企図しているようにみうけられる。平成5年商法改正が,会議体としての株主総会でなく,個々の株主の権限の拡充を図っていることも,このような文脈の上に位置付けられるべきであると思われる。
 いずれにせよ,相互保有の有無にかかわらず,株主総会ははじめから形骸化しているものだとすれば,株主総会を活性化しその意思決定機能,監督機能の充実を期そうという主張は,説得力を欠くことになる。したがって,所有者的企業観を純粋に維持することは必ずしも妥当でないのではなかろうかと考える。

4. このように純粋に所有者的企業観を維持することができないとすると,株式会社主権者論に立ち戻り,もう一度検討がなされなければならない。株式会社主権者論は,コーポレート・ガヴァナンスのメイン・テーマでもあるところから,さまざまな見解が主張されている。これらを詳細に論じることは本稿の直接の課題でもないし,また現在の筆者にはその能力もない。ただ,ごく大雑把に整理すれば,この問題に関しては,大別して2つの傾向があるように思われる*17。1つは所有者的企業観を維持した上で,他のステークホルダーへの配慮をしていこうという考えである。いわば所有者的企業観から脱却するためのソフトランディングを図ろうという考えである。もう1つは,そもそも所有者的企業観を廃棄して,新たな企業観を確立しようとする方向である。
 前者の立場の代表例としては,前に挙げた企業の社会的責任論*18があげられる。企業の社会的責任論は,わが国では,1970年代に有力に主張された。この見解は企業の「公器性」を強調し,企業は社会的責任を負うとする。そして,社会的責任を根拠にして,従業員,会社債権者,一般消費者などといった,株主以外の利害関係人(ステーク・ホルダー)の利益保護を,会社法の枠内にとりこもうとする。企業の社会的責任論に関しては,企業の社会的責任に関する一般規定を商法典に規定すべきかという論点について議論された。そしてこの問題は,昭和50年「会社法改正に関する問題点」において立法上の問題点として指摘されるに至った。しかし,このような主張に関しては,企業の社会的責任論がナチスの全体主義的主張につながるというアレルギー反応が通説サイドに強かったことから,結局昭和56年改正においては,取り上げられるに至らなかった。
 現在のわが国においては,商法学上企業の社会的責任論を正面から議論する見解はきわめて少数である*19。企業の社会的責任論は,すでに克服された議論であるとの見方もなされている。しかし諸外国をみれば,法制については,例えばイギリス1985年会社法309条は,取締役に従業員に対する2次的な配慮義務を負わせているし*20,コーポレートガバナンスに関連し,企業の社会的責任を積極的に会社法上の問題として考えるべきという主張も有力になされている*21。このような,株主に第1次的プライオリティを与えつつ,他のステーク・ホルダーの利益をも図ろうとするソフト・ランディング的アプローチは,議論の落ち着きどころとしては穏当であるといえよう。したがって,このようなアプローチは,今日においても依然として有効であるものと思われる。
 他方,後者の立場の代表例は,株式会社を会社利害関係者間の「契約の要(束)」とみる,法と経済学派に属する者の見解である*22。この主張を,本稿の関心に関連する限度で紹介すると,次のとおりである。この見解は,株式会社を「契約の要(束)」と理解することから出発する。そして,議決権制度についても契約的構成によって,次のように説明する。「会社契約は,不完全な契約であつて,予め明示的または黙示的にすべてのことを決めておくことができない。そこで,予め契約で決めておかなかったことについて裁量的決定を行える(残余)権限として議決権が必要になるのである。そしてこの議決権が株主に認められているのは,株主はその裁量的決定を適切に行うインセンティヴがあるからである。すなわち,その他の会社契約当事者である会社債権者,従業員,経営者の場合,会社に対して債権額あるいは俸給額など固定的請求権をもつにすぎないから,契約で事前にその支払いについて詳細に取り決めておくことができる。となると,これらの者はその支払いを受けるに必要な金額以上に会社利益を拡大しようというインセンティヴはもたないことになる。これに対して,株主は,従業員の俸給や会社債権者への債務返済を済ませた残りの利益(収益)の大部分を受け取り,他方,その利益(収益)獲得に要した費用の大部分を自ら負担するため,会社利益について残余請求権を有していることになる。そこで,こうした会社利益に対して残余請求権を有する者に議決権を与えておけば,利益拡大のインセンティヴが働き,その裁量的決定が適切に行われることになる。」このようにこの見解は,議決権は残余請求権者(residual claimants)に与えられるべきであり,それ以外のものに与えれば,重大な又は不必要なエージェンシー・コストを生じさせることになると強調する。この論法によれば,株主が会社利益に対して残余請求権を失ってしまったときには,株主に支配的議決権を認めるべきではないことになる。すなわち,企業が破綻し,新規計画や決定から生じる利益がすべて債権者への返済に充てられる事態になれば,会社利益に対して残余請求権を有するのは,株主でなく,債権者となる。従って会社支配権は契約または破産手続に従い,債権者にシフトしていくことになる。

三.株主総会のIR機能とヴァーチャル株主総会

1. 右にあげたもののうち,いずれのアプローチを支持すべきかは本稿の直接の課題ではない。それにまた,現在の筆者はこれに対する確たる答えを有しているわけではない。しかしいずれのアプローチによるとしても,大会社・公開会社における株主の地位に所有者としての絶対的プライオリティを与えるというテーゼは否定されることになる。したがって,もはや所有者団体としての株主総会の活性化を議論する必要はない。
 それでは,株主総会に残された機能とは何か。株主総会の形骸化を所与の前提とするかぎり,会議体としての株主総会に固有の意思決定機能,監督機能を期待することはできない。そうすると株主総会の存在意義はIR(インベスター・リレーションズ)としての機能(IR機能)に集約されることとなる。ここにIRとは,株主などの投資家に対し,適切な企業情報を開示することをいう。これまでIRとしては,アナリスト説明会や決算発表が主要なものであった。株主総会を株主に対するIRの場として,利用しようという考えは,少なくともこれまでの我が国の実務ではあまり一般的ではなかった。むしろ我が国の実務においては,一般株主の参加を阻害するような株主総会の運営がなされてきたといってもよいだろう。株主総会の集中開催日などはその典型例である。このような実務は,総会屋対策という意味からは,理解できなくはない。しかし総会屋というきわめて少数の特殊株主の存在をおそれるあまり,絶対多数の一般株主を阻害することは,まさに「角を矯めて牛を殺す」ものであり,賢明な策とはいえないと考える*23。会社が事業活動を円滑に進めるためには,できるだけ多くの株主を理解者として味方につけることが望ましく,その意味で,株主総会のIR機能の充実は,我が国の株主総会における重要な検討課題の一つといえる。前に株主総会はセレモニー化していると批判的文脈で述べた。しかし,発想を変えて,セレモニーとしての株主総会を,より洗練させていくことはできないか。株主総会のIR機能とは,つまるところそういうことである。

2. 株主総会を利用したIRの方法としては,実務上インターネットを活用する方法(いわゆるヴァーチャル総会)と総会後に株主懇談会をする方法とが利用されている*24。もちろん前者と後者は必ずしも背反するものではなく,併用可能である。
 さて,ここで株主総会のIR機能の充実をはかるという観点から,株主総会のヴァーチャル化の問題を考えてみたい。すでに述べたとおり,この点について,中間試案は,第二十五の注5において,テレビ会議システムを用いた株主総会の可否について検討課題として掲げる。さて,このようなテレビ会議システムを用いたヴァーチャル株主総会は,一応次の2つのタイプに分けることができるであろう*25。
 まず第1のタイプとしては,実際に株主総会を開催すると同時に,それ以外にテレビ会議システムにより株主の参加を認めるというものである。従来から,第1会場に入りきれない株主を第2会場に収容し,テレビなどのシステムを通じて参加させるという取り扱いは許容されており,実際もそのような運用はなされてきた。第1のタイプは,この第2会場をヴァーチャル化しようとするものである。つまり,第1のタイプのヴァーチャル株主総会は,現行法の延長線上に位置付けられる。したがって,これを立法論として認めることにつき,理論的な障害はないと思われる。
 しかし,第2のタイプは,第1のタイプと異なり,現実の株主総会を開かず,すべてをサイバー上で済ませようというものであり,現行法の延長線上に位置付けることはできない。別途検討が必要である。
 この点について,実際に経営者と顔を合わせたいという株主の要望を考慮すると,第2のタイプのヴァーチャル株主総会まで認めるのはいきすぎであるという反対論と,逆に現在の株主全員が,このタイプのヴァーチャル株主総会開催に賛成する場合にまで,法的に株主総会の存在を否定することもないとの賛成論がある*26。この点,イギリスにおいては,モデル定款(会社法附則A表(Table A))53条の書面決議の解釈の問題となると思われる。そしてイギリス貿易産業省(DTI)の諮問文書によれば,毎年実際に株主総会が開催されることを要求する上場規則を改正すれば,このタイプの株主総会は許容されるものとしている*27。
 思うに,すでに述べたとおり,株主総会の意思決定機能,監督機能は最早重視されるべきでなく,その役割はIR機能に集約されるべきである以上,必ずしも株主と経営者とがフェイス・トゥ・フェイスで対面しなければならないものでなく,ヴァーチャル化の障害はないものと思われる。外国人株主のことを考えれば,むしろ株主総会のヴァーチャル化は促進されて然るべきと思われる。
 このような積極論に対しては,パソコンなどの機械に弱い株主への配慮が足りないとの反論が予想される。いわゆるデジタル・デバイド(情報化格差)の問題である。確かに,デジタル・デバイドの問題は,特に諸外国に比べ株主の年齢層が高いといわれるわが国*28においては,無視できないとはいえよう。しかし,それはある程度までは時間が解決する問題といえるのではなかろうか。むしろデジタル・デバイドへの配慮が行きすぎて,グローバル・スタンダードに対応できない危険のほうを憂慮したい。
 以上のところから,中間試案第二十五の注5が検討課題として掲げるテレビ会議システムによる株主総会については,いずれのタイプの場合においても積極的に賛成したいと考える。

3. しかし,ヴァーチャル株主総会として許容されるのは,テレビ会議システムによる場合だけであろうか。おそらく中間試案がテレビ会議システムを例として掲げているのは,テレビなどエレクトロニクスを使用した取締役会の開催を適法とする見解*29を考慮に入れたものと推測される。確かに,討議をする会議体であることを前提とすれば,ヴァーチャル総会においても,実際に行われる会議体と同視できるだけの「臨場感」が必要となろう。しかし,すでに述べたごとく,株主総会には,そのような会議体としての実質は存せず,強調されるべきはIR機能だけであると考える。そうであるとすれば,会議体としての「臨場感」のないヴァーチャル株主総会も,IRとしての実質がある限り,許容されるべきであろう。またIT技術の進歩の著しさからいっても,テレビ会議システムだけに固定するのは,かえって実務の発展を阻害することになってしまう。
 このように,ヴァーチャル株主総会について,実際の株主総会と同程度の「臨場感」が必要ないとすれば,テレビ会議システムでオンタイムでヴァーチャル株主総会を実施しなければならないわけではなくなる。定時株主総会の決議事項は,実際には役員の選任と計算書類の承認だけであるから,これらについて十分な情報の開示と意思決定がなされればよく,それらはヴァーチャルである以上,別にオンタイムにて行う必要はない。このように考えると,テレビ会議システムでなく,例えば実際の株主総会の様子をウェブサイト上に動画データとして置くことによっても代替可能であろう。この考え方をさらにおし進めれば,ヴァーチャル株主総会は,電子掲示板やチャット(電子会議)などのシステムに置きかえることも可能ではないかと思われる。
 ちなみに,イギリス会社法上の議論をみると,DTIの諮問文書もこのような電子掲示板を用いた株主総会の可否について提案をなしている*30。ただ,ここまでくると,株主総会とホームページとがかぎりなく融合してしまうことになる。これは少なくとも,法が当初予定していた株主総会とはまったく違った姿ではある。
 このような考えに対しては,さしあたり@.株主の質問権(商237条ノ3)の実効性はどのようにはかられるのか,A.株主総会の開始・終了時点が明確でなくなるのではないか,B.株主総会決議の瑕疵との関係をどう考えるのか,といった反論が予想される*31。この点については,以下のように反論することが可能であると考える。まず,@.については,株主総会の決議事項が極端に縮減されつつある現在,必ず株主総会の場で,経営陣と株主とがコミュニケーションしなければならないわけではないと考える。ヴァーチャル株主総会においては株主とのコミュニケーションの場としては電子掲示板があるし,そこで寄せられた意見についてFAQ方式での回答をウェブサイト上に掲載する,といったシステムが考えられる。現実の株主総会においても一括回答方式が普及しており,これを説明義務の履行として許容するかぎり*32,それとパラレルに右方式も許容されると考える。ただ株主サイドとしては経営陣とのフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを望む場合もあろう。それに対する対処としては,例えば,総会後に株主懇談会の場を設け,そこで株主とのコミュニケーションをはかるといった対策が考えられよう。そこでの取締役の説明は,確かに,説明義務の履行としての説明ではない。しかし,取締役を説明義務から開放することで,よりフランクなコミュニケーションが可能になるのではなかろうか*33。すなわち,現在IRとして行われているインターネット方式と株主懇談会方式を組み合わせればよいのである。また,A.については,それはそもそもヴァーチャル化をはかる場合すでに折込済みのことであると考える。
 他方,B.については,特に決議不存在の訴えとの関係で,一体株主総会の「存在」とはどういうことか疑問がありうる。残念ながら,この点についての答えは,現在持ち合わせていない。より研究を進め,他日の検討課題としたい。
 また,このような私見は,かつて提言された株主総会無用論,株主総代会*34を採用すべきであるという見解とも相通じる面がある。これらの見解,特に後者はかつて有力に主張されたが,株主総会を活性化すべきというテーゼの前に,結局他に有力な支持者を見出せなかった。しかし,右のテーゼが放棄された現在,これらの考えはもう一度検討してみる価値があるように思われる。これらの考えと私見との関連性については,これからの検討課題としたいと考える。

四.結びに代えて

 以上のとおり,本稿では,株主総会においてはそのIR機能こそが肝要であり,IR機能の充実がはかられるかぎり,必ずしも総会は実際に開かれる必要はなく,平成13年改正後も株主総会のヴァーチャル化は更に徹底的に促進されるべきであるとの結論に至った。これにより公開会社の場合、株主総会の存在意義が著しく希薄化する。このことは,もう一度,「株式会社は誰のものか」という問いかけとなって返ってくる。
 本稿では,筆者の研究の足りないことから,かなりの部分について結論を留保せざるをえなかった。今後精進を重ね,私見の確立に努めたい。




*1株主総会のIT化については,山田尚武「株主総会の電子化に向けた課題」商事法務1559号41頁(平成1二年),「株主総会のIT化」研究会「株主総会のIT化の実務と問題点(上)(下)」商事法務1599号26頁,1600号19頁(平成13年),岩村充・坂田絵里子「電子株主総会の可能性と問題点」ジュリスト1215号88頁(平成14年)等を参照。
*2中間試案および法務省民事局参事官室によるその解説については,商事法務1593号28頁以下,5頁以下(平成13年)をそれぞれ参照。
*3元木伸『商法等の一部を改正する法律の解説』106頁(平成2年)
*4弥永真生「情報化・国際化と株主総会運営の実態−2001年版株主総会白書を読んで−」商事法務1615号16頁(平成13年,以下「弥永@」とする。),藤原祥二「株主総会の法と制度の改革に関する省察−株式公開大会社におけるコーポレート・ガバナンスの視点から−」明海大学不動産学部論集9号54頁(平成13年)。
*5拙稿「ヴァーチャル株主総会の可能性について」取締役の法務88号80頁(平成13年)
*6弥永真生「電子的手段による株主総会招集通知等と議決権行使」商事法務1577号18頁(平成12年,以下「弥永A」とする。),北村雅史「イギリス会社法における株式会社に関する規整」商事法務1584号23頁(平成13年)。なお,イギリスにおける会社法見直しの動きについては,中村信男「英国における会社法見直しの動きと今後のコーポレート・ガバナンス」日本コーポレート・ガバナンス・フォーラム編『コーポレート・ガバナンス−英国の企業改革−』84頁(平成13年),石山卓磨「英国の株式会社をめぐるコーポレート・ガバナンス論の展開」小島退官記念『現代企業法の新展開』31頁(平成13年),J・チャーカム=A・シンプソン『株主の力と責任』(平成13年)等を参照。
*7大野正道『中小会社法の研究』20頁(平成9年)は,株主数が少なく,かつ,株主が同時に取締役に就任する場合がまれではない,所有と経営が一致している中小会社に対して,所有と経営が分離した典型的な大規模株式会社を念頭において規定された株主総会などの厳格な手続を遵守すべき旨要求することは,屋上屋を架するきらいがあって,不必要であるとされる。そして,このような中小会社における株主総会・取締役会の形骸化といわれているものは,法定の手続が懈怠されているというよりも,会社内部の実質的関係を反映して,不必要と思われる過重な手続が省略されているだけとされる。
*8佐藤敏昭「公開会社における主要株主の議決権」奥島還暦記念第二巻『近代企業法の形成と展開』219頁以下(平成11年)
*9坂田桂三『現代会社法(第4版)』11頁(平成11年)
*10稲田俊信『会社法』(平成9年)のはしがきを参照
*11内藤良祐「議決権行使促進策の法的問題点」証券代行ニュース266号1頁(平成10年)を参照。
*12小林啓文「IR型株主総会運営のすすめ」商事法務1558号31頁(平成12年)
*13小林・前掲31頁
*14鈴木正貢「株主間協定の諸問題」商事法務1043号27頁(昭和60年)
*15上村達男「公開会社の法理と株主の経営監督機能」蓮井・今井古稀『企業監査とリスク管理の法構造』243頁(平成6年)以下。なお,同「公開株式会社法の構想について(上)(中)(下)」商事法務1559号6頁以下,1560号15頁,1563号14頁(平成12年)をそれぞれ参照。この上村説に対する批判として,新山雄三『論争゛コーポレート・ガバナンス゛』194頁以下(平成13年)を参照。
*16宮島司「株主そして株主総会の復権」商事法務1547号4頁(平成11年)。なお,宮島説に対する批判として,上村達男「株主総会復権論・批判」前掲小島退官記念151頁以下を参照。
*17Eilis Ferran, Company law and corporate finance (1999)p. 237.
*18企業の社会的責任については,中村一彦『企業の社会的責任−法学的考察(改訂増補版)』(昭和55年),松田二郎『会社の社会的責任』(昭和63年),坂田・前掲書21頁以下,工藤聡一「社会的行動受容の法理と株式会社企業観」駒澤大学大学院私法学研究18号117頁(平成6年)をそれぞれ参照。
*19中村一彦『現代会社法概論(第5版)』10頁(平成12年),坂田・前掲書21頁
*20Eilis Ferran, op.cit.p. 136.
*21See Saleem Sheikh & SK Chatterjee, 'Perspectives on Corporate Governance' in Saleem Sheikh & William Rees (eds.), Corporate Governance & Corporate Control (1995) p. 1.
*22Frank H. Easterbrook & Daniel R. Fishel, The economic structure of Corporate law (1991)p. 12 . なお,この主張の紹介については,森淳二朗「会社法のモデル分析と株式会社支配の特質」法政研究61巻3・4合併号(下)630頁(平成7年)を参照。本文におけるこの主張の紹介も,森論文を参考にしている。
*23稲葉威雄「株主総会の開示機能−開かれた総会に向けて」味村退官記念『商法と商業登記』223頁(平成10年)
*24山田・前掲45頁
*25このような分類の仕方については,弥永A・24頁によった。
*26いずれの議論も弥永A・25頁を参照。
*27DTI, Modern Company Law for a Conpetitive Economy :Developing the Framework(2000),URN00/656 ,para. 4.27.
*28座談会「IT革命の展開とわが国会社法の課題」商事法務1583号20頁(平成13年)における中西敏和氏の発言
*29法務省「規制緩和等に関する意見・要望のうち,現行制度・運用を維持するものの理由等の公表について」(平成8年4月19日公表)商事法務1426号36頁(平成8年)
*30DTI, Modern Company Law for a Conpetitive Economy :Company General Meeting and Shareholder Communication(1999),URN 99/1144, para. 30.
*31いずれも,私見に対し,中間試案を検討した日本大学法学部商法研究会の場において提起された疑問である。なお,中間試案に対する日本大学法学部商法研究会の意見書については日本法学67巻2号219頁(平成13年)。
*32東京高判昭和61年2月19日判時1207号120頁,名古屋地岡崎支判平成9年6月12日資料版商事法務161号182頁
*33この点の発想については,平成13年5月27日に小樽商科大学にて開催された東京商事法研究会(代表酒巻俊雄教授)における林勇助教授のご発表より示唆を得た。なお,弥永@22頁を参照。
*34株主総代会についての文献としては,例えば,木内宜彦『企業法学の理論』222頁以下(平成8年)を参照。
Note